4-4 破裂音で彩る第一歩
ざわ、と嫌な予感めいたものがミレルカの中を駆け巡っていく。
こんな場所に乾いた血が付着しているなんて、傷ついた生き物がここに逃げ込んだか、一時的に身を隠す場所に選んだかしないとありえない。
では、一体傷ついた何がここに入り込んだ?
魔獣か? 野生動物か? それとも――傷ついた、人間?
ミレルカの脳内に、焼け焦げたお守りがよぎる。
「……まだ、そうと決まったわけじゃないもん」
小さな声で自身に言い聞かせる。
軽く深呼吸をし、ざわめく心に落ち着きを取り戻させ、ミレルカは樹洞の外へ出た。
片腕に集めた枝、もう片方の手に血が付着した枯れ葉を持ち、迷いのない足取りでベルムシオンの下へ向かった。
来た道を辿り、自身が一度踏みしめた道を歩き、少し前までベルムシオンと言葉を交わしていた川の傍へ。
少し前まで彼とともに過ごしていた場所には、変わらずベルムシオンの姿があった。
「ベルムシオンさん!」
名前を呼びながら、ミレルカはベルムシオンの傍へ駆け寄っていく。
足音と気配、そして己の名前を呼ぶ声に気づいたベルムシオンが振り返り、少々ほっとしたような表情を見せた。
「ミレルカ嬢。遅かったな。そろそろ探しに行こうかと考えていた」
「ごめんなさい。枝を探すのにちょっと夢中になっちゃって」
そういいながら、ミレルカはまず腕に抱えていた枝の束を彼へ差し出す。
「全く。魔除けの香があるとはいえ、あまり離れすぎないでくれ」
「はあい、気をつけます。……それで、ベルムシオンさん。枝を集めてる途中で見つけた樹洞の中にあったんですけど、これ」
ミレルカは一度言葉を切り、樹洞で見つけた枯れ葉を見せた。
不思議そうな様子で枯れ葉を見つめていたベルムシオンだったが、枯れ葉に付着した色彩に気づいたらしい。銀の瞳が細められ、警戒の色が彼の表情にあらわれた。
「……これ、乾いた血に見えたんですけど。ベルムシオンさんはどう思いますか?」
「奇遇だな。僕の目から見ても、乾いた血とよく似た色をしているように見える」
「……じゃあ……」
やっぱり、これは――生き物の血、なのか。
仮定していたことがそうであると確定し、ミレルカの中にじわじわ焦りが広がっていく。
頭の中をちらつくのは、ミレルカが見つけた焼け焦げたお守りの存在だ。
「……僕のほうでも、何者かが焚き火をした痕跡を発見した」
「!」
その言葉とともに、ベルムシオンが指で示した先には、確かに焚き火の跡らしきものが存在していた。
複数の枝が川の傍に積み上げられている。傍まで近寄って状態を詳しく確認すれば、全ての枝に焼け焦げた跡が残されていた。一部は燃え尽きて炭になっており、何者かがここで焚き火をした事実を伝えてきている。
焚き火の跡を確認するミレルカへ近寄りながら、ベルムシオンは言葉を続ける。
「僕らが探している人物が残したものかはわからない。だが、今まで見つかっている情報をもとに考えると、正直可能性は高いと思う」
「……」
心臓の音がとてもうるさい。
ぎゅっと胸の前で強く手を握りしめ、ミレルカは唇を噛んだ。
繰り返し頭の中に浮かぶのは、もう何度も再生されている最悪の予想だ。
もし、ミレルカが見つけた血痕の主がセシリアだったら。
もし、ここで焚き火をした人物がセシリアだったとしたら。
彼女は今、傷を負った状態で帰る手段を失い、森の中か――また違うところにいる可能性がある。
ミレルカの中で急速に不安が膨れ上がっていき、唇を噛む力が自然と強くなっていく。
「……まだ、探している相手のものだとは限らない」
頭上から落ち着いた声色での言葉が降ってくる。
はっとして顔をあげれば、落ち着いた銀色の瞳と視線が混ざりあった。
「一つの情報が手元にあるとき、そうであると確定した場合と、可能性があるという場合では大きく違う。後者は決定的な証拠があるとき、後者は疑わしいが断定はできないというときだ。今、僕らの手元にある情報は嫌な予想をさせてしまうものだが、これが探している人物のものだとは限らない」
落ち着いた声色でベルムシオンは言葉を紡ぐ。
それでも納得ができない顔をしているミレルカを見つめ、彼はさらに言葉を続けた。
「まず、ミレルカ嬢が見つけた血痕。発見した場所に負傷した何かがいたことは確定だが、それが人間だとは限らない。傷を負った魔獣が一時的に身を潜め、そのときに流れた血が付着した可能性も考えられる」
次に、ベルムシオンは自身が発見した焚き火の跡を見やる。
「次に、焚き火の跡。森に足を踏み入れた人間がここで火をおこしたのは間違いない。だが、過去にここを通った人物が残したものという可能性もある。僕らが探している人物が残したものだとは限らない」
そこで一度言葉を切ると、ベルムシオンが再びミレルカを見る。
なんとかしてミレルカを落ち着かせようとしてくれている。彼の言葉の裏に隠れた思いに気づけば、胸の中で渦巻いていた不安や恐怖、心配といった負の感情がすとんと消えていった。
「以上のことから、僕はこれらの痕跡が、ええと……セシリアさんだったか。セシリアさんが残したものとは限らないと考えている。まだセシリアさんが傷を負っていると確定したわけではない。安心するといい」
「……はい」
遠回しで少々わかりにくいけれど、確かな優しさを感じる振る舞いに、思わず笑みが浮かぶ。
ミレルカがようやくかすかに笑った様子を目にし、ベルムシオンもわずかに息を吐き出した。
「……とはいえ、油断ができない状態であるのは確かだ。身体を休めたのち、探索を続行しよう」
「もちろんです」
大きく頷いたミレルカの胸の中からは、先ほどまで確かに存在していたはずの暗い感情は一欠片もなくなっていた。
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