4-3 破裂音で彩る第一歩
枯れた葉や短い枝を踏み折る乾いた音とともに、ミレルカとベルムシオンは森の中を進んでいく。
ベルムシオンが一応注意をしたのも虚しく、ミレルカが用意した特製の煙幕は大いに活躍した。
使うたびにベルムシオンが虚無を見つめる顔をするのが少し気になるが、極力戦いを避けながら探索ができるため、何らかの異変を探すのに集中できた。
森に入ってからどれだけ歩いただろうか――さらさらと穏やかな水の音をたてる川を発見したところで、ミレルカの隣を歩いていたベルムシオンが足を止めた。
「ベルムシオンさん?」
「ミレルカ嬢。ここで一度休憩したほうがいい。朝からずっと歩いている。僕はまだ体力があるが、まだ子供のお前はそういうわけにはいかないだろう」
「え……私、まだ大丈夫ですよ」
確かに、早朝といえる時間にフルーメの街を出てからずっと歩いている。
しかし、魔獣との戦闘は今のところ避けられているし、何かから逃れるために全力疾走もしていない。はっきりとした疲れも感じていないため、体力を消耗しているという感覚は薄かった。
きょとんとした顔で首を左右に振るミレルカに対し、ベルムシオンは少々渋い顔をする。
「いや、そういうわけにはいかない。自覚がないのかもしれないが、かなり体力を消耗しているはずだ」
「そんなことはないと思うんだけ、ど……?」
ベルムシオンの制止を対して気に留めず、ミレルカは一度止めた足を再び動かした。
少しでも多くの手がかりを集めるために一歩を踏み出す。
その瞬間、足元がふらつき、ぐらりと視界が大きく揺れた。
「あ、れ?」
「ミレルカ嬢!」
ベルムシオンが大きな声を出すと同時に、倒れかけたミレルカの腕を掴んだ。
倒れそうになった――少々遅れてそのことを理解したとき、ベルムシオンが深く息を吐き出した。
「……休息をとる気になったか?」
「は、はい……すみません……」
呆れにわずかな怒りを含んだような声で問いかけられ、静かに頷く。
自分ではまだまだ体力に余裕があると思っていたが、実際にはかなり消耗していたのかもしれない。
ベルムシオンはもう一度深い溜息をつき、ミレルカの腕から手を離した。その後、川の近くの地面を軽く整えたのち、腰を下ろす。
ミレルカも彼のすぐ傍で腰を下ろせば、川の匂いがミレルカの鼻をくすぐった。
「気持ちが焦るのはよくわかる。だが、そういうときこそ体力の管理は大切だ。忘れないように」
「はあい……」
戦闘で余計に体力を消耗するのは、今のところは避けられている。
しかし、探索を続けることで消費する体力は消費され続けている。気持ちが焦って、そのことを少々忘れかけていたかもしれない。
危険が迫っている場面で倒れる前に、休息を提案してくれたベルムシオンには申し訳ない思いと感謝の気持ちでいっぱいだ。
(……もっと、慎重に探索しなくちゃ)
ぱしぱしと自身の頬を軽く叩き、気持ちを入れ替える。
これ以上ベルムシオンの足を引っ張らないように――そう言い聞かせながら、ミレルカは布鞄を探り、キッチンから持ち出してきたパンと缶詰を取り出した。
「ベルムシオンさん、休憩してる間に軽く何か食べましょう。私たち、何も食べずに出てきちゃってるから」
そういいながら、顔の高さにまでパンと缶詰を掲げて見せる。
ミレルカが取り出したそれらの食糧を目にし、ベルムシオンも何も食べていないことを思い出したらしい。はた、と一度瞬きをして、ゆったりした動きで頷いた。
「そういえばそうだったな。食事にしよう。少し待っていてくれ、すぐに準備をする」
「何かお手伝いすることはありますか?」
「正直、ミレルカ嬢には休んでいてもらいたいんだが……なら、木の枝を集めてきてほしい。火をおこして、簡単にだが温かいものを作りたい」
「わかりました」
ミレルカは割り振られた仕事の内容を頭にメモし、大きく頷く。
一度取り出した食糧類を再び布鞄へしまうと、先ほどよりも疲れが抜けた両足に力を入れて再度立ち上がった。
「あまり遠くへはいかないように」
「大丈夫、ちゃんとわかってますから」
すかさず声をかけてきたベルムシオンへ返事をし、生い茂る木々の根本へ向かう。
木々の根本には、落ち葉や枯れ葉はもちろん、錬金術の素材になりそうな薬草や草花が生い茂っている。その中に混じってさまざまな太さや長さの枝もいくつか落ちていた。
焚き火の燃料になりそうな太さと長さのものを選び、拾い上げては腕に抱える。
ちょうどよさそうな枝が見つからなくなれば、また次の木の根本へ。
ベルムシオンと離れすぎないよう、時折彼の現在地を確認しながらそれを繰り返し、ミレルカは順調に枝を拾い集めていった。
「……わ、こんな立派な木もあるんだ」
はたして、何本目の木になるだろうか――枝を探すため、新たに駆け寄った木を見上げる。
大樹と表現してもよさそうなほど、立派な木だ。幹はとても太く、生命力に満ちあふれている。高く、広く伸びた枝葉は空の一部を覆い隠し、ミレルカの頭に影を落としている。
これは枝も期待できるかもしれない。少しだけわくわくした気持ちを胸に、ミレルカは木の根本へ注意を向けながら、ぐるりと木々の周囲を回った。
「……あれ? この木、樹洞ができてる」
ちょうど大樹の背後に回ったところで足を止める。
正面から見たときは気付かなかったが、後ろから見ると大きめの樹洞ができている。樹洞があるにも関わらず、凛とそびえ立ち生命力を溢れさせる大樹はひどく大きなものに映った。
好奇心に背中を押され、ミレルカは樹洞の中をそうっと覗き込む。
樹洞は大きく、中にはさまざまな生き物の痕跡が残されていた。危険と隣合わせな森の中で、この樹洞は多くの生き物の隠れ場所として使われているようだ。
ミレルカも樹洞の中に身体を滑り込ませてみると、多くの生き物が樹洞に隠れる理由が少しだけわかったような気持ちになった。
小柄なミレルカの身体を外部から見えにくくしてくれる天然の壁。ほのかに感じる土と木の香り。そして、周囲を囲まれていることから得られる「守られている」という安心感。それらが心を満たし、思わずほうっと息を吐いた。
「なるほど……これは隠れ場所に最適だし、ちょっと休んでいくのにもいいかも」
小さな声で呟きながら、樹洞の壁に背中を預け、両膝を抱えて座る。
ベルムシオンに心配をかけてしまうため、あまり長居はできない。だが、もう少しだけ樹洞を満喫してから戻りたい気持ちもあった。
大きく息を吸い込み、吐き出して、森の木々が生み出す空気を肺いっぱいに取り込む。たったそれだけのことだけれど、身体に蓄積していた疲れが抜けていくような感覚がした。
「……あれ?」
少し休んだし、そろそろここを離れてベルムシオンの下へ戻ろう――そう考えたとき、ふと、ミレルカの視界の端に枯れ葉が映った。
樹洞の中にある他の枯れ葉とほとんど同じだが、何か違和感のような感覚を覚える。
(気のせい……? いや、でも)
気のせいで済ませるには、どうにも何か引っかかって仕方がない。
片腕で枝をしっかりと抱え、空いたもう片方の手で違和感を覚えた枯れ葉を拾い上げる。乾いて脆くなっている枯れ葉を砕いてしまわないよう、注意を払いながらじっくりと観察をした。
「……!」
ミレルカが違和感を覚えた大きな理由は、枯れ葉の色だった。
枯れ葉の一部分が、何か異なる液体をかけたかのように変色している。それが原因で周囲の枯れ葉と少々異なる色合いになり、違和感に繋がっていたようだ。
ただそれだけなら何も問題はなかった。だが、枯れ葉に付着していた色合いは、ミレルカがつい最近目にしたばかりの色だ。
室内で遊んでいて怪我をした弟分――アリュの手当てをした際に目にした色。
乾いた血の色だ。
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