4-2 破裂音で彩る第一歩
茂みの枝葉に髪や衣服がわずかに引っかかり、引っ張られる感覚を覚えながら、草葉のトンネルを進む。
一歩一歩慎重に進み、顔をあげた瞬間に飛び込んできたのは、木の葉の隙間から朝日をこぼれさせる森の景色だった。
風で木の葉が揺れるたび、隙間からこぼれている朝日も揺れる。きらきらと煌めく光があちらこちらに見える森の様子は、なんだか幻想的だ。
「綺麗……」
素直な感想がミレルカの唇からこぼれる。
背後で茂みが揺れる音と、細かい枝が折れる乾いた音が奏でられたあと、ミレルカを追いかけてきたベルムシオンも隣に並ぶ。
「朝の森を見るのははじめてか」
「はい。普段は森の中に入っちゃ駄目っていわれてるし、街の外に出るのも太陽が昇りきったお昼頃が多いから」
多くの木の葉が生い茂り、少々薄暗く感じる場所だからこそ、こぼれる朝日が輝いて見える。
普段どおりの生活を続けていれば、まず確実に目にできなかった光景――そう思うと、なんだか少しだけ目の前の景色が特別なものであるかのように思えた。
だが、綺麗なだけではないのが、この森だ。
「目に焼きつけるのもいいが、周囲に注意を向けたほうがいい。ここは危険な場所なのだから」
ベルムシオンがそういった瞬間、草葉が揺れる音がした。
ミレルカの心臓が大きく跳ね、ぼんやりとしていた注意力を急速に取り戻させる。
すぐ隣でベルムシオンも剣の柄に手を置き、いつでも鞘から抜ける状態にしていた。
「ほら、来たぞ」
直後。木々の奥から複数の獣の影が飛び出してきた。
反射的に足が動き、ミレルカはベルムシオンの傍に寄る。ベルムシオンもミレルカを守るように一歩前へ出て、剣の柄に置いていた指を本格的に柄へ絡めた。
森の奥から飛び出してきたのは、狼のような姿をした魔獣――ルボワウォルフだ。一匹ではなく複数の個体がいて、一匹大柄な個体がいる辺り、群れのようだ。
飛び出してきたルボワウォルフたちは、唸り声をあげながらミレルカとベルムシオンを取り囲んでいる。一定の距離を保ったまま、隙を伺うようにこちらを睨みつけている。
すぐに飛びかかってこないのは、ミレルカが手にしている香炉から漂っている香りの影響だ――しかし、この様子だと魔除けの香の効果が途切れた瞬間に襲いかかってくる可能性が高い。
「……何匹います?」
ベルムシオンに身体を寄せたまま、ミレルカは小声で問う。
「ざっと見る限り、五匹。そのうちの一匹がもっとも大柄だ。おそらく、大柄な個体がリーダーなのだろう」
ルボワウォルフを見つめたまま、ベルムシオンも静かな声で答える。
彼の返事を耳にし、ミレルカはルボワウォルフが持つ性質を思い出した。
狼のような姿をしたルボワウォルフは、通常の狼に似た性質を持つ。もっとも身体が大きな個体をリーダーとし、数匹の群れを成して狩りをする魔獣だ。リーダー格の個体が逃走すれば群れのメンバーも同様に逃走するため、群れに遭遇した際はまずリーダー格を狙うのが基本的な対処法である。
ベルムシオンの様子を見るかぎり、彼は戦う気だ。
しかし、ミレルカには彼を戦わせる気はこれっぽっちもない。
「……ベルムシオンさん、そのまま警戒をお願いします」
一言呼びかけ、再度布鞄へ手を伸ばす。
中を探り、目的の材料を取り出した。
それぞれ異なる粉が入った七つの小袋を開き、中に入っている粉を一匙分ずつゴム風船の中に入れていく。最後に火薬としての働きがある魔法植物の粉末をくわえ、ゴム風船の口をしっかりと縛った。
「大地を駆け巡る命の火、迷う旅人を導く火の精、その火花のひとかけらをどうかお譲りください」
小さな声で囁くように、火の精霊へ呼びかけるための呪文を口にする。
すると、ミレルカの手の中にあるゴム風船がうっすらと熱を持ち始めた。ほのかな光を放っていそうなほどに温まったら、完成だ。
「ベルムシオンさん、これをリーダー格のルボワウォルフの前に落ちるように投げてください!」
「……? あ、ああ。わかった」
ベルムシオンへ声をかけながら、ミレルカは手の中にあるゴム風船をベルムシオンへ差し出した。
見慣れない魔法道具のせいか、ベルムシオンはミレルカの手の中にあるものを目にして一瞬首を傾げた。だが、すぐに頷いてゴム風船を受け取った。
群れのメンバーから少々離れた位置で様子を見ている個体を見据え、ベルムシオンは思いっきりゴム風船を放り投げた。
ぱあん!
ベルムシオンの手元から離れたゴム風船が大きく弧を描き、リーダー格のルボワウォルフのすぐ近くに落ちる。
その瞬間、ゴム風船が膨張し、大きな破裂音をたてて割れた。それに伴い、中に入っていた粉がぼふりと弾けて白い煙を立ち上らせた。
「ぎゃん!」
何の変哲もないように見える粉を吸い込んだ瞬間、リーダー格のルボワウォルフが悲鳴をあげてその場から逃げ出した。自分たちのリーダーが逃走したのを見て、他のルボワウォルフたちも同じように森の奥へと駆け出していく。
明確な危機が去り、周囲に再び静寂が戻る。
しばしの間、ミレルカもベルムシオンも警戒して黙り込んでいたが――そうする必要がないと判断した瞬間、声をあげた。
「やったぁ! 予想どおり、上手くいった!」
まず、ミレルカがはしゃいだ声をあげ、続いてベルムシオンが息を深く吐き出す。
その後、剣の柄に置いていた手を下ろし、笑顔を浮かべているミレルカを見下ろして問いかけた。
「ミレルカ嬢、先ほどの魔法道具は一体なんだ? はじめて目にする道具だったが」
「あれは私が作った魔法道具なんです。フルーメの街にある魔法雑貨店にも置かせてもらってる人気商品なんですよ」
得意げな笑顔を浮かべ、ちょっとだけ胸を張って答えると、ベルムシオンがわずかに驚いたように目を見開いた。
ミレルカの中にある前世の記憶にあった情報から作り出したもののため、完全なオリジナルというわけではないが、魔獣や荒くれ者に遭遇した際の対策としてフルーメの街では人気を集めている。
「主に護身用の道具で、唐辛子、タバコ、胡椒、山椒、合計四つの植物の粉末にヒ素と石灰を加えて、さらに火薬として使える火花草を乾燥させて細かくした粉を入れるんです。火属性の魔力を込めて放り投げたら、地面に落ちたときの刺激で破裂して、中に入れた粉を撒き散らして相手の目をくらませるんです」
人差し指をたて、ミレルカが得意げな笑顔のまま解説する。
しかし、それを耳にしたベルムシオンは、思わず表情を引きつらせてしまった。
先ほどミレルカがあげた主な材料には、粘膜を刺激しそうなものが含まれていた。まともに吸い込めば咳が出るだろうし、目にしみて涙も止まらなくなるだろう。
簡単に説明しているが――魔獣にはもちろん、人間に対してもえげつないほどの効果を発揮する魔法道具だ。
その煙を至近距離で吸い込んでしまったのなら、さすがのルボワウォルフも逃げ出すだろう。
敵意を向けてきたのは向こうが先だが、さすがに少々可哀想な気持ちがわいてくる。
「……できるだけ、使ってやるなよ。それは」
己が思っている以上に、ミレルカ・ジェラルペトルという少女には恐ろしいところがあるのかもしれない。
彼女の笑顔を見つめながら、ベルムシオンは心の片隅でそんなことを考えた。
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