第4話 破裂音で彩る第一歩
4-1 破裂音で彩る第一歩
時間の流れとともに太陽が昇り、少しずつ明るくなってきているとはいえ、周囲にはまだ少しの朝闇が残っている。
朝早くといえる時間帯にフルーメの街を出たミレルカは、普段とはどこか雰囲気が異なって見える景色を眺めて息を吐き出した。
昨日もラパンテームを採りにいくために通ったばかりの道は、時間帯が違うだけで大きく表情を変えている。
わずかな緊張を感じていると、素早くそれを察知したのか、ベルムシオンの手がミレルカの頭にのせられた。
「……大丈夫か、ミレルカ嬢」
少し接してみてわかったことだが、ベルムシオンは表情の変化があまりはっきりとしてない。そのため、表情から彼が何を考えているのか読み取るのは少々難しい。
だが、発される声にはミレルカを気遣おうとする気配が含まれており、少しだけ温かい気持ちになった。
「大丈夫です。ちょっといつもと違うなって思っただけなので」
「ああ、なるほど……。僕もまだ冒険に慣れていない頃、時間帯の違いで見慣れた場所が異なる場所のように見えた。それのようなものか」
「多分、その感覚に近いと思います」
ベルムシオンへ返事をしながら、布鞄を探る。
取り出したのは、昨日ミレルカが作ったばかりの魔除けの香が入ったケースだ。蓋を開き、中から香を一つ取り出して、再び蓋を閉める。
いつもなら香炉にセットして火を灯すのだが、今日は少しだけ手を加える。
「ベルムシオンさん、このケース、ちょっと持っててください」
「構わないが……それは魔除けの香だろう。もう完成しているのではないか?」
「そうですけど、今日は念には念を入れて、これをパワーアップさせたいと思います」
どこか不思議そうな顔をしているように見えるベルムシオンへ、少しばかり得意げな笑みを向ける。
ケースを一時的にベルムシオンへ預けると、ミレルカは布鞄から赤い紐が結び付けられた小瓶を取り出した。
不透明な茶色をした小瓶は、中に何が入っているのか外側から伺うことはできない。中に何が入っているのかわからない者からすると、怪しげな小瓶に見えることだろう。
小瓶の口に入れられているコルク栓を抜き、中に入っている液体を香に数滴垂らす。すかさずコルク栓を元の状態に戻し、熱を生み出す魔法石を押し当てて再度乾燥させれば、魔除けの香のパワーアップは完了だ。
「これでよし、っと……」
手を加えた香を香炉へセットし、マッチで火を灯す。
すると、昨日感じたものとは少々違うハーブと甘やかな花の香りが周囲に広がった。
ベルムシオンもこの香りはあまり感じ慣れていないのか、少しばかり驚いたような顔をしている。
「ミレルカ嬢、これは……ただの魔除けの香とは違うようだが」
「いったでしょう、魔除けの香をパワーアップさせるって」
得意げな笑みのまま、ミレルカは小瓶を自身の顔の横まで持ち上げ、左右に軽く振った。
まだ中に残っている液体が揺られ、ちゃぽちゃぽ水音をたてる。
「これは、ブランサルヴィから抽出して作ったエンチャントオイルです」
「ブランサルヴィ……確か、魔を退ける魔力を葉や果実、根に蓄える性質がある植物だったか」
顎に手を当て、何やら考え込んでいるように見えるベルムシオンへ大きく頷く。
ブランサルヴィは、破魔の魔力を蓄える性質がある特殊な薬草だ。独特の苦味が強く、経口摂取する魔法薬の材料にはあまり適していない。しかし、特定の道具や武器へ一時的に魔力を付与するエンチャントオイルの材料としては非常に優れている。
ミレルカが持ち出してきたエンチャントオイルは、それを使って作られたものだ。
「ブランサルヴィのエンチャントオイルを魔除けの香に加えて、魔除けの香の効果を高めたんです。これなら、よほどのことがない限り、安心してセシリア先生を探せると思います」
いくらベルムシオンが戦えるといっても、彼は昨日保護されたばかりの本来なら負傷者にあたる立場の人間だ。
いくらミレルカの護衛として同行してくれているとはいえ、できるなら彼を戦わせるような事態になるのは避けたい。
極力、魔獣との戦闘を避けて安全にセシリアを見つけ出す。それが、ミレルカが密かに考えている作戦だ。
「……なるほど。確かに、これなら余計な戦闘を避けることはできそうだな……」
「でしょう? これで事前準備も万全です。行きましょう」
ベルムシオンに預けていたケースを受け取って、布鞄の中にしまい込む。
片手でしっかりと香炉を持ち、彼に笑顔で声をかけてから、ミレルカは歩き出した。
道なりに進んで道案内の看板がある交差点を目指し、そこから案内に従って隣町がある方角へと進む――その予定だったが、交差点の近くまでやってきたところで、思わず足を止めた。
「……これは……」
昨日までなかった、辻馬車の車輪跡と思われる痕跡。
そして、その傍に焼け焦げたお守りのようなものが落ちている。
静かに手を伸ばしてお守りを拾い上げ、じっくりと観察する。
「魔除けのお守り……」
「……どうやらそのようだな」
少し遅れて追いついてきたベルムシオンも、ミレルカの手の中にあるお守りを見つめる。
シンプルな布地で作られた袋に、折りたたんだ守護の札を入れた守護のアミュレットだ。無級で作りやすいお守りのため、一般人も好んで所持している。
お守りの布地だけでなく、守護の札まで焼け焦げてしまっているそのお守りに、ミレルカは非常に見覚えがあった。
だって、これは今よりも小さい頃。ミレルカがセシリアに誕生日プレゼントとして贈ったものだ。
「やっぱり、何かあったんだ……!」
これを作るとき、ミレルカは持ち主の身に危険が迫った瞬間、持ち主の身代わりになるように設計した。守護の札だけでなく、お守りそのものが焼け焦げているのは、守護のお守りがその効力を発揮した証だ。
つまり、ここでセシリアの身に大きな危険が迫ったということになる。
「どうしよう、ベルムシオンさん。これ、私がセシリア先生にあげたもので……! どうしよう、セシリア先生、やっぱり何か危ない目に遭ってるんだ……!」
「落ち着け、ミレルカ嬢」
ベルムシオンの手がくしゃりとミレルカの頭を撫でる。
ミレルカを落ち着かせようとするように数回撫でたあと、彼は地面へと視線を向けた。
その視線につられ、ミレルカも焦る気持ちを押さえて地面を観察する。
辻馬車のものと思われる車輪の跡は、真っ直ぐではなく蛇行して外れにある森――ミレルカがベルムシオンと出会った場所があるほうへ続いている。まるで、正常なコントロールを失って暴走したかのようだ。
その痕跡を追っていくと、何かが突っ込んだかのように大きな穴が空いている茂みが見つかった。
「穴が空いてる……」
「おそらく、ここから茂みの奥へ――森の中に突っ込んでいったのだろう」
一言、静かな声でミレルカの呟きに答え、ベルムシオンはミレルカに視線を向ける。
「どうする、ミレルカ嬢。進むか?」
ミレルカの意志を再確認するかのような、静かな声。
手の中にある効力を失ったお守りを握りしめ、ミレルカは大きく頷いて返事をした。
「当然です」
魔獣が多く生息する森の中を探索する恐怖は、もちろんある。
だが、森の中にセシリアがいるかもしれない可能性が高まったのなら、選択肢は一つだけだ。
強い意志を宿した瞳を見つめ、ベルムシオンは満足げに笑ってから、ミレルカの小さな頭を再度撫で回した。
「よろしい。ならば同行しよう」
その言葉に小さく頷き返し、ミレルカは茂みに空いた穴の中へ身体を潜り込ませた。
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