3-8 日常に入った亀裂と決意

 不思議に思いつつ、振り返ってもう一度ヴェルトールのほうを見る。


 すると、ヴェルトールは身にまとっている部屋着のポケットからアンティーク調の鍵を取り出した。不可思議な魔力を帯びているそれを食料庫として使っている部屋の扉の鍵穴にさし、開くために鍵を動かす。

 ヴェルトールが扉を開けると、扉の向こう側は見慣れた食料庫ではなく、さまざまな魔法道具と思われるものが詰め込まれた物置のような部屋に変化していた。


 驚くミレルカの前で、ヴェルトールは部屋の中に入り、雑多に積まれたものを探る。

 箱を開けては中を確認し、壁に飾られている武器を一つ一つ確認する作業を繰り返し――やがて目的のものを見つけ、壁から鞘におさめられた一振りの剣を外して戻ってきた。


「ベルムシオン」


 ヴェルトールはベルムシオンの名前を呼び、手に持っていた剣を彼へ放り投げる。

 少し驚きながらも投げてよこされた剣をキャッチすると、ベルムシオンは少々驚いた目でヴェルトールを見やる。

 彼の視線の先で、ヴェルトールは剣に続いて胸当てや篭手、足当てなどの防具を取り出していき、ベルムシオンへと差し出す。

 取り出された防具はどれもうっすらと表面にプリズムが入っており、どれもがディアモン鉱を使って作られたものであることをはっきり示していた。


「武器も防具もないと、さすがに不安だろ。やる。防具はお前が前に使ってたのと同じ奴だし、剣は魔法の力にも耐えられる妖精石と強度に優れたロゼア鋼で作った奴だから多少の無茶をしても折れたりしないはずだ」

「……いいのか、もらっても」


 呟くような声で、ベルムシオンが確認するように問う。


「この辺りにいる魔獣は低ランクの弱い奴らばっかだけど、だからって無防備な状態で行くのは自殺行為だろ。どれも作ったはいいが、持て余してた奴だから持っていけ」

「……わかった。なら、ありがたく使わせてもらう」


 ベルムシオンはそういうと、一つ頷いて早速手慣れた様子で防具を身に着けはじめた。

 胸当てを装着し、足当てをつけ、篭手をはめる。最後に、腰のベルトを使って剣を固定すれば、一瞬で簡易的な旅支度が整った。


「ミレルカ」


 続いて、ヴェルトールがミレルカを呼ぶ。

 素直に彼の声に反応し、ミレルカはヴェルトールのすぐ傍まで近づいていく。

 すると、ヴェルトールは箱から取り出してきた大きめのローブをミレルカの肩にかけるようにはおらせた。


 白い生地に金色のブレードで彩られた分厚いローブには、ミレルカも見覚えがある。

 だってこれは、ミレルカではなく目の前にいる人物が何度か着ていたことがあるローブだからだ。


「ヴェル兄、これって……」

「俺たち錬金術師が新米だった頃に着る奴だ」


 ミレルカの目が大きく見開かれる。

 新米の錬金術師が着ているローブ――つまり、錬金術師たちのみが着ている貴重なものだ。


「複数の防護魔法がかかってるから、もし魔獣に遭遇してもミレルカを守ってくれると思う。俺がこのまま持ってても意味がないから、ミレルカに貸す」


 その言葉とともに、ヴェルトールの手がローブの留め具をつけて固定した。

 ヴェルトールの手が離れた瞬間、留め具に使われている魔法石がかすかに煌めき、その色合いを変えていく。

 黒ずんだ色が消えていき、透明な無色の宝石へと変化していく。角度によって美しいプリズムが入る宝石へと変わったのを見つめながら、ミレルカは気合を入れるために自身の頬を軽く叩いた。


「ありがとう、ヴェル兄! 気をつけて行ってくる!」

「ああ。本当に気をつけろよ、何があるかわからないんだから」

「うん! ベルムシオンさん、よろしくお願いします」


 ベルムシオンに呼びかけてから、ミレルカは一足先に玄関へ向かっていく。ベルムシオンも小さな背中を追いかけて同じように移動し、その場にはヴェルトール一人だけになった。


 緩く振っていた手を下ろし、ヴェルトールは物置に変化した部屋の扉を閉め、鍵を抜き取る。

 もう一度扉を開けて室内を確認すれば、扉の向こう側は見慣れた食料庫に戻っていた。

 再度、扉を閉め直しながら、静まり返った室内で深く息を吐き出す。


「……マジかぁ、あいつ……」


 一人言を呟きながら思い出す。


 ミレルカに貸した新米錬金術師たちが着る、白魔のローブ。装着する人物が持つ錬金術師としての実力を示す魔法石が使用された留め具とセットになっているあのローブは、錬金術師としての階級を可視化する効果もある。


 彼女が着た瞬間に変化した、透き通ったあの色は――金剛級。最高階級に立てる実力を持っていることを示す色だ。


「もともと錬金術の知識が豊富だし、いろんな魔法道具をさっと作れるとは思ってたけど……金剛級だなんて聞いてないぞ」


 もしかしたら己は、彼女の実力を甘く見ていたのかもしれない。

 少しずつ街が賑わい始める気配を感じながら、ヴェルトールは一人呟いた。 

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