3-5 日常に入った亀裂と決意

 ベルムシオンを発見し、保護した日の翌日。

 普段よりもはるかに早い時間に、ミレルカは目を覚ました。


 自室に設置してある時計の針は早朝を示している。いつもならまだ眠っている時間に目を覚ましてしまったということは、思っている以上に不安や緊張が強いのかもしれない。

 少しだけ苦笑いを浮かべ、そうっとベッドを離れる。


「セシリア先生、結局帰ってきたのかな」


 目覚めてすぐ、ミレルカが気になったのはそこだった。

 窓の外から見えるフルーメの街は、まだ朝の薄闇に包まれている。外を歩いている人の姿も少なく、ほとんどの住民がまだ眠りの中にいることをはっきり示していた。


「……ちょっと調べてみたいし、あれの出番かな」


 外も内も静まり返っている中、ミレルカはできるだけ物音をたてないように気をつけながらサイドボードに置いてあるランプの明かりをつけた。その後、机についている引き出しを開け、ランプの明かりを頼りに中を探った。


「……あった」


 さまざまなものを入れた中から目的のものを見つけ出し、そっと取り出す。

 透明な魔法石を砕いて作られた破片だ。先端の部分は怪我をしないように丸く削られているため、安心して扱うことができる。

 再度引き出しを探り、指先に鎖が引っかかった感触を感じると、魔法石の破片に続いてそれも引っ張り出す。


 ミレルカが続いて取り出したのは、魔力伝達に優れた特殊な金属で作られたチェーンと金具だ。これ自体が錬金術で作る必要があり、錬金術師に直接依頼するか魔法雑貨店で購入するしか入手方法がない。以前、魔法雑貨店へ足を運んだ際に購入しておいたものだ。


 続いて異なる引き出しを開け、錬金術師が素材の加工のために使う道具が収められたケースを取り出す。それらを机の上に広げ、静かに作業を始めた。

 魔法石の破片に穴を開け、破砕の魔力を込めたリューターで金具が問題なく通るくらいの穴を開ける。次に、ペンチでリング状になっている金具を開き、開けた穴に通してしっかり閉じる。

 取り付けた金具にしっかりとチェーンをつけてペンデュラム状にすれば、完成だ。


「よし……これで、ええと、確か……」


 己の中に宿っている記憶を探りながら、大きく息を吸い込む。

 一見すると占いに使いそうなそれを手に持ち、振り子部分にあたる魔法石の破片が鎖によって吊り下げられた状態にする。

 そして、完成したそれを起動させるための呪文を、そっと唱えた。


「ルテラ、ルテラ。セシリア先生は帰ってきてる?」


 ミレルカの声が静まり返った室内に響き渡る。

 瞬間。ミレルカが口にした言葉に反応し、魔法石の破片に光が灯る。白いほのかな光がミレルカの部屋に満ちる薄闇をほんのわずかに照らし出した。

 だが、反応はたったそれだけ。ペンデュラムが揺れたり、何らかの反応を示したりすることはなく、ただ静止しているだけだ。魔法石の破片に灯る光も、白いまま。


「……探査のペンデュラムで反応がない……っていうことは、セシリア先生、まだ帰ってきてないんだ……」


 小さく呟き、憂鬱そうに息を吐く。


 探査のペンデュラム。それが、ミレルカが作り出した魔法道具の名前だ。

 外部から魔力を吸収して光を放つ性質がある魔法石で作られている、冒険者だけでなく調査隊や衛兵の間でも使われている紅玉級の魔法道具。

 起動させるための呪文を口にすることで、持ち主の魔力がチェーンから魔法石の破片に伝わり、指定した人物の魔力を吸収して光を放つ。指定した人物が近くにいるのなら光が強くなり、遠くにいるのなら弱まるという道具だ。


 ミレルカが今の『ミレルカ』になる前。ゲームとしてこの世界に触れていた頃、素材を探すために愛用していた道具でもある。もしかしたら使うときが来るかもしれないと思って机の中に隠していたものだが、まさか本当に出番が来るとは思っていなかった。


「……さすがに、こんなに長時間帰ってこないのは、ちょっとおかしい」


 探査のペンデュラムを一度机に置き、使った道具や発生したゴミを綺麗に片付けながら、小さく呟く。

 フルーメの街から、おそらくセシリアが向かったと思われる隣町までは移動に何日もかかるほどの距離はない。簡単に行き来ができるし、馬車を使えばあっという間に到着するくらいの距離だ。


 そのはずなのに、一晩明けてもまだ帰ってきていないのは、さすがに何かがおかしい。

 一人、眉根を寄せて渋い顔をする。一晩たってもセシリアがいないとなると、まだ幼い子供たち――ミレルカにとっての弟や妹たちも不安がるはずだ。

 もちろん、ミレルカ自身も一番信頼している大人が出かけたきり帰ってこないのは、不安で仕方ない。実の両親を魔獣の襲撃で失っているからなおさらだ。


「……迎えに行こう」


 徐々に光を失っていくペンデュラムを見つめながら、一人呟く。

 弟や妹たちをなだめながら、大人しく帰りを待つのが賢い選択だろうとわかってはいる。


 だが、このままセシリアがいつまで経っても帰らなかったら?

 セシリアの身に何かが起きているのに、探しに行かなかったことで何か不都合が起きたら?


 施設を切り盛りしているセシリアがいなくなってしまえば、ここを支える大人がいなくなってしまう。ヴェルトールもいるが、彼は普段街の外で働いている錬金術師だ。いつまでもここにいてくれるわけではない。

 ミレルカが成人していれば一人で弟や妹たちの面倒を見れるかもしれないが、まだ幼い身であるミレルカにそれは不可能だ。


 この施設には――そして、ミレルカにはまだセシリアの存在が必要だ。


 少々急ぎ気味に身支度を済ませ、ラパンテームを摘みにいったときに使った布鞄を手に取る。中に大切にとっておいた素材や錬金術を使う際に使う道具、ありったけの素材を詰め込んでいき、遠出をする準備を整えていく。

 あとは保存が効きそうな食糧をいくつか詰め込めば、少しばかりの遠出なら問題なくできる状態にすると、ミレルカは布鞄を身に着けた。


 ずっしりとした重みが肩に伝わってくるのを感じながら、そうっと扉を開いて自室を離れる。

 施設にいる子供たちの部屋は二階に用意されており、ミレルカの部屋はその中でもっとも階段に近い場所に位置している。故に、まだ眠っている弟や妹たちを起こさずに一階へ移動できるのは正直助かった。


 一歩、一歩、慎重に階段を下りていく。

 無事に一階へ辿り着けば、早朝の冷たい空気がミレルカの頬を撫でた。日中は賑やかなのに、今の時間は静寂と早朝の空気に包まれており、なんだか少しの寂しさすら感じる。


 極力物音や足音をたてないよう気をつけつつ、リビングへと向かう。

 静かに扉を開き、誰もいないリビングの奥にあるキッチンに足を踏み入れ、保存が効きそうな缶詰やパンを選んで布鞄へ詰め込んでいった。


「……よし。これくらいあれば、セシリア先生を探しに行くくらいのことは……」


 できるはず、と呟かれるはずだった言葉は紡がれずに飲み込まれた。


「なあにやってるんだ、ミレルカ」


 ミレルカ以外の声がリビングに響き渡る。

 静まり返っていた空間に突如響き割った自分以外の声に、ミレルカの心臓が大きく跳ねた。

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