3-4 日常に入った亀裂と決意
そのままの歩調で廊下を進んでいき、昼食時にも訪れたリビングへと向かっていく。
数分前までは大勢の子供たちで賑わっていたリビングは、昼食時を過ぎた今、ちらほらと子供が遊んでいる程度で静かな状態になっていた。
待機スペースでヴェルトールに絵本の読み聞かせをしてもらっていたらしいアリスの視線が、部屋に入ってきたミレルカへ向けられる。
「ミレルカ姉だ! ミレルカ姉、お客さんの具合は大丈夫?」
その声に反応し、一緒に絵本を読んでもらっていたアリュと、絵本を読んでいたヴェルトールの視線もミレルカへ向けられた。
三人の視線を真っ直ぐに受け止め、ひらひら小さく手を振ってから、ミレルカは口を開く。
「部屋に行ったら起きてたから、ちょっとびっくりしたけど具合は大丈夫そう。起きてからまだ何も食べてないから、何か作って持っていこうと思って」
「そっか。お客さん、無事ならよかったー」
「ねー」
アリスとアリュが顔を見合わせ、無邪気に笑って頷き合う。
やはり、気絶した見知らぬ青年が運び込まれてきたというのは幼い子供たちからすると、かなりの非日常であり気になってしまうことだったようだ。
ミレルカと一緒に彼を運んできたヴェルトールも、ベルムシオンの容態をずっと気にしていた者の一人だ。ちらりと彼の表情へ視線を向ければ、ほっとしたような顔をしているのが見えた。
「怪我してるから無事とはいいがたいけど、まあ後遺症とかがなさそうならよかった。何か作るなら、スープとか食べやすくて消化がいいものにしておくといいかもな」
「なら、簡単に食べれるスープにしておこうかな……ありがとう。ヴェル兄」
アドバイスをしてくれたヴェルトールへ感謝の言葉を告げ、早速キッチンスペースに足を踏み入れる。
できるだけ多くの栄養素を摂取できるように、野菜は多めに入れよう。それから、ちょっと食べごたえがあるように具だくさんにしたほうがいいかもしれない。
(こういうとき、セシリア先生ならどんな食材を選ぶのかな)
施設にいる子供たちの母として、ときに優しく、ときに厳しくも愛情を注いでくれるセシリア。
もし、この場にいるのが彼女なら、一体どのような食材を選んでどのようなスープを――。
「……あれ?」
セシリアの姿を頭に思い描いていたミレルカの手が止まる。
そういえば、セシリアはまだ帰ってきていないのだろうか?
「……ヴェル兄、アリス、アリュ。私がお客さんの部屋に行ってる間、セシリア先生は帰ってきた?」
待機スペースにいる三人へ視線を向けて、ミレルカは問いかける。
ミレルカの問いに対し、アリスとアリュは再び顔を見合わせてから答えた。
「ううん、まだだと思う」
「セシリアせんせーが帰ってきたら、声がすると思う。でも、まだセシリアせんせーの声、聞いてないよ」
「そう……」
今の時刻はもうすぐ夕方になろうとしている頃。セシリアが出かけたのは、ミレルカとヴェルトールがベルムシオンを施設に運び込んできたあと。つまり午前の頃だ。
セシリアが買い出しのために隣町へ出かけるのは、今までもあったため、珍しくはない。遅くても夕方になる前には帰宅するのがほとんどだ。
しかし、もうすぐ夕方になろうとしているのに、まだセシリアは帰ってきていない。
改めて窓の外に目を向ける。窓ガラスの向こう側に見える空は夕暮れの色を増しており、辺りを夕闇のカーテンで隠し始めていた。
「どうしたんだろう、セシリア先生……」
小さな声で呟き、窓の外を見る。
少々物騒な話をしたばかりだからか、どうにも不安になってしまう。
(ただ単に、買い物に時間がかかっているだけならいいんだけど)
心の中で呟いて、ミレルカはベルムシオンに持っていくためのスープを作るため、再び手を動かし始めた。
しかし。
ミレルカの願いとは裏腹に、結局この日、夜になってもセシリアは帰ってこなかった。
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