2-4 傷痕と異常
「ミレルカ、今嫌な想像をしただろ」
「……わかったの?」
「表情に出てた」
片手でミレルカの頭を撫で回しながら、もう一方の手でヴェルトールは自身の頬を示す。
そんなにわかりやすく表情に出ていたのかと思うと、ほんの少しだけ複雑な気持ちにもなるが――不安を長く抱え込まずに済んだのは、少々ありがたい。
ミレルカの頭を撫で回す手は止めず、ヴェルトールは言葉を続ける。
「俺も少し考えたけど、今の段階ではまだそうだと確定はできない。あいつが他の場所で強い魔獣に襲われて、うちの周辺まで逃げてきたけれど気を失ったって可能性もあるんだから」
「……あ……」
いわれてみれば、そうだ。
怖い可能性がすぐ傍にあるから、ついそちらの可能性ばかりを考えてしまっていた。だが、ヴェルトールがいうように、青年が魔獣に襲われた場所はフルーメの街周辺とは限らない。
彼を発見した森はとても深いけれど、道がある。その道を辿っていけば森を抜けることができ、そこから異なる街や都市に足を運ぶことができる。実際に足を運んだことはないが、知識としてミレルカの中に記録されている。
もしかしたら、彼は違う場所で魔獣に遭遇し、咄嗟に森の中に逃げ込んだのかもしれない――フルーメの街周辺で正体不明の魔獣が現れたと考えるよりも、こちらの可能性のほうが現実的であるかのように感じた。
ただ単に、自身が住んでいる街の周辺に大きな危険があるという現実を直視したくないから、そのように感じるのかもしれないが。
「……ありがとう、ヴェル兄。私、その可能性が頭から抜けてた」
「まあ、わかりやすい危険があると、どうしてもそっちに頭がいきがちになるしな。実際のところどうなのかは、あの旅人が起きないとわからないけど」
あくまでも、これは全部俺たちが勝手にやってる予想でしかないからな。
小さく呟かれるように付け足されたヴェルトールの言葉に、ミレルカも小さく頷いて同意する。
実際のところは、あの青年が目覚めてからでないと何もわからない。ヴェルトールとミレルカがたてた予想が全て外れている可能性だって、もしかしたらあるかもしれないのだから。
やはり、あの青年が目覚めるまでミレルカたちにできることはない。
「でも、とりあえず伝えておきたかったことだったから。聞いてくれるだけじゃなくて、一緒にいろいろ考えてくれてありがとう」
「どういたしまして。ちゃんと教えてくれてありがとう、ミレルカ」
そういいながら、ヴェルトールはぽんぽんとミレルカの頭を軽く叩くように撫で、手を下ろした。
少しだけ不器用だけれど暖かい手に撫でられるうちに、ミレルカの心に芽生えそうになっていた不安の芽は完全に摘み取られていた。
もし、この場にいるのがミレルカ一人だけだったら、あっという間に不安に包まれていただろう。今日、ヴェルトールが帰ってきてくれていて本当に助かった。
話が一段落すると、わずかにミレルカの中に広がっていた緊張がほぐれていく。
心理的な不安が解消された瞬間、今まで曖昧になっていた空腹感が強く襲いかかり、ミレルカの腹が小さく鳴き声をあげた。
たちまちミレルカの顔に熱が集まり、慌てて腹を押さえる。
ちらりとヴェルトールへ視線を向けると、彼はぽかんとした顔をしたのち、くつくつと肩を揺らして笑っていた。
「……ヴェル兄」
「悪い悪い、可愛いなって思ってさ」
恨みがましい声で一言、名前を呼ぶ。
じとっとした目線も一緒に送れば、ヴェルトールはくつくつ笑いながらもう一度ミレルカの頭をわしゃわしゃ撫でた。
適当にごまかされているようで少し不満だが、それを口に出してもどうにもならないだろう。
「そろそろみんな腹をすかせる頃だし、昼飯にするか」
「……うん。みんな、お腹すかせてから作りはじめると、どうしても大騒ぎになるし……そろそろ準備しないと」
わずかな不満を飲み込み、ミレルカはヴェルトールの言葉に頷いた。
改めて時計を確認してみれば、思っていたよりも話し込んでいたのがはっきりわかる。この部屋に入って時計を確認したときに比べると、時計の針は結構進んでいた。
耳をすませるとまだ遊んでいる声が聞こえてくるが、空腹感に耐えきれず、子供たちがここへやってくるのも時間の問題だろう。
軽く自身の頬を叩き、気持ちを切り替えてキッチンスペースへと向かう。途中、ミレルカが座っている席にかかっていたエプロンを手に取り、歩きながら身につけた。
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