2-2 傷痕と異常
青年を部屋に運び込み、医師に診てもらった結果は『外傷はあるけれど命に別状はない』というものだった。
あまりにも目を覚まさないため、見えない箇所に重大な傷を負っているのではと少し不安だったが、どうやらそういうわけではないらしい。魔力の使いすぎと、ずっと戦闘を行っていた疲労から意識を深く手放しているだけだろうというのが医師の判断だった。
「でも、場所が場所だったからね。救助が遅かったら、取り返しのつかない傷を負っていたかもしれない。ミレルカちゃんはよく頑張ったね」
そういって、病院から来てくれた医師に頭を撫でてもらえたとき、ミレルカは自身の判断が間違いではなかったのだと心から安心した。
もちろん、危険なことをしたのには変わりないため、一段落した頃にセシリアとヴェルトールから二人分の説教はされた。だが、最後には二人とも「誰かの命を救おうと頑張ったのは偉い」と褒めてもらえたのは少し嬉しい。
一連の騒動が落ち着き、青年を診察した医師も去ったあと。戸惑っていた子供たちも落ち着きを取り戻したようで、遠くから元気に遊び回っている声が聞こえる。
青年が眠る部屋は、静寂に包まれている。もともと客室として使われていることが多かった部屋は綺麗に整えられており、誰かが触れた痕跡は見当たらない。
静まり返った部屋の中、ミレルカはベッドの傍に置かれた椅子に腰かけ、ぼんやりと眠り続ける青年を眺めていた。
「……大丈夫かなぁ……」
発見した直後は状況が状況だったため、あまりしっかりと観察できていなかった。
だが、改めて落ち着いた環境で彼の姿を観察してみると、綺麗な顔立ちをしている。夜のように深い藍色の髪や、男性にしては長めのまつげ。男性的というよりは、女性的な印象が強い人なのかもしれない。
だが、頬には切り傷のような傷痕が残っており、装備の下に隠されていた手指にも細かい傷のような痕跡が残っていた。身体のさまざまな部位に傷痕が残されていることから、普段から魔獣と戦っているであろうことが予想される。
もし、そうだとしたら下級の魔獣しか生息していない森の中で遅れをとるとは考えづらい。もしかしたら、彼も想定外の何かがあの森の中で起きていたのかもしれない。
だとしたら――いかに自分が危険な選択をしたのかがよくわかり、ミレルカの腹の底がぐっと冷たくなった。
だが、同時にあのときの選択を誤らなくてよかったとも思う。もしあのとき、違う選択をしていたらミレルカは死ぬほど後悔していたかもしれない。
「……とりあえず、今は起きるまで待つしかない……かなぁ」
彼に何があったのか気になるが、それを知っているのは本人である彼だけだ。
安全な場所に運んだ、医師に診てもらった、そのときに手当てもしてもらった。こちらができることは、おそらくこれが全てだ。
あとは、気を失ったままでいる彼が意識を取り戻すのを待つしかない。今、ミレルカにできることといえば、無事に意識を取り戻すのを祈りながら静かに待つだけだ。
小さく息を吐き、極力物音をたてないよう気をつけながら立ち上がる。そのまま扉へ向かおうとし――途中で、壁に立てかけられている武器や防具を目にし、足を止めた。
青年が身につけていた防具も、剣も、全てひどく損傷している。折れた剣の傍には、ミレルカが拾い集めた破片を入れた袋も一緒に置かれていた。
扉へ向けていた足をそちらに向け、そうっと武器や防具の傍に寄る。
改めて観察してみると、剣の刃は何か大きなものに噛み砕かれたかのように砕けている。防具も丈夫な素材でできているはずなのに、鋭い爪で力任せに引き裂かれたかのような傷がついている。
「……これ、多分ディアモン鉱だよね。ディアモン鉱の防具は強度が自慢のはずなのに」
防具をじっくりと観察しながら、ミレルカは小さく呟く。
ディアモン鉱は、防具に使われることが多い魔鉱石の一種だ。護りに長けた魔力を薄く帯びているのが特徴で、ディアモン鉱で作られた防具の表面にはその魔力で作られた薄い防御壁のようなものが形成される。そのため、冒険者や魔獣狩りを生業としている者の間で強い人気がある。ディアモン鉱を使った防具は表面にうっすらプリズムが入るため、そこで判別することができた。
ディアモン鉱の防具なら、フルーメの街周辺に生息する魔獣は傷一つつけられないはず。しかし、青年が身につけていた防具には、はっきりと何かで引き裂かれたような傷が残されている。
「それに……よく見たら、溶かしながら引き裂いたみたいな感じになってる……?」
防具に刻まれた傷痕を指先でなぞりながら、首を傾げた。
指先から、鉱石や金属特有の冷たさと硬さ、そして何かに溶かされてできたかのような盛り上がりが伝わってくる。盛り上がりの部分は爪痕の一番下にできており、溶かされた金属や鉱石が溜まり、冷え固まったかのようだ。
溶かしながら防具を引き裂く魔獣――だなんて。そんな魔獣は、フルーメの街周辺には生息していないはずだ。
「……ヴェル兄にも話しておこう」
彼がどこから来たのかは、まだわからない。
だが、これはミレルカのみが持っているよりも、普段から街の外に出慣れているヴェルトールも持っておいたほうがいい情報だろう。
静かに判断し、ミレルカは今度こそ扉のほうへ歩いていき、青年が眠る部屋を離れた。
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