第2話 傷痕と異常

2-1 傷痕と異常

「母さん!」

「セシリア先生!」


 過ごし慣れた我が家ともいえる施設に入ってすぐ、ミレルカはヴェルトールとともにセシリアを呼んだ。


 気持ち的にはすぐにでも空き部屋に運び込みたい。だが、セシリアに黙って入れた結果、何か取り返しのつかないことになるのは避けたいところだ。


 切羽詰まった二人分の声にただ事ではない何かが起きていると感じ取ったのか、それともたまたま近くにいたのか。一体どちらなのかわからないが、セシリアは比較的すぐに姿を現した。


「どうしたの、二人とも……って、そちらの方は? 怪我してるじゃない!」


 セシリアが大きく目を見開き、半分悲鳴じみた声を出す。

 ヴェルトールに肩を貸されている青年は、彼女の声を聞いても身動き一つしない。はたから見ると本当に生きているのか心配になってくるが、彼の命は散らずにまだ存在している。

 彼を落とさないように担ぎ直し、ヴェルトールがセシリアに答えた。


「ミレルカがラパンテームの採取の途中で見つけたんだ。どこか空いてる部屋に休ませたいんだが、いいか?」

「もちろんに決まってるじゃない! 早く、こっちの部屋に!」


 即座に許可を出し、セシリアは玄関から入って少し奥に進んだ先にある部屋の扉を開け放った。

 ヴェルトールが先にその部屋を目指して歩き出し、ミレルカも武器を落とさないように気をつけながら彼の背中を追いかけていく。

 道中、不思議そうな顔や少し不安そうな目で様子を伺っている弟や妹たちと目が合い、ミレルカはふわりと優しい笑顔を浮かべてみせた。


「ミレルカ姉ちゃん、あの人は誰?」

「セシリア先生、怪我してるっていってた。ねえ、あのお兄ちゃん、大丈夫なの? 死んじゃわない?」


 子供部屋の扉を少しだけ開き、こちらを見ている妹や弟たちの声はどこか不安そうだ。

 それも仕方のないことだろう。ここは新しい住民を迎え入れることになった際、賑やかになることはあっても今のように緊迫した空気に包まれることは少ない。


 ミレルカもそうだが、子供は普段と違う空気を敏感に感じ取りやすく、それによって不安に感じてしまいやすい。ミレルカよりもさらに幼い彼らや彼女らが不安な気持ちになってしまうのは、当然のことだ。


 一度足を止め、ミレルカは抱えていた武器をそうっと床に下ろした。

 そして、こちらをじっと見つめている弟や妹たちの下へ歩み寄り、己の背よりも低い位置にある頭を順番に優しく撫でた。


「お客さんだよ。でも、ちょっと怪我をしてるし疲れてるみたいなの。少し休ませてあげたいから、静かにできる?」


 妹や弟たちをさらに不安にさせないよう、少しでも安心できるよう、優しい声で話しかける。

 しばしの沈黙ののち、子供たちは互いに顔を見合わせ、小さくこくりと頷いてみせた。


「大丈夫、ミレルカ姉ちゃんのいうこと、守れる」

「よし。偉いね、ヤツェク」

「あの人、死んじゃわない? 怪我、痛くない?」

「大丈夫だよ、アリス。ちゃんと病院の先生に診てもらうから死んじゃわないよ。痛いのもきっと治る。知らない人のことも心配するなんて、アリスは優しいね」


 ある子は褒め、ある子には心配いらないと伝え、弟や妹たちが感じているであろう不安を少しずつ和らげていく。

 ミレルカの手がひとしきり子供たちの頭を撫で終わる頃には、こちらをまっすぐに見つめる複数の瞳にある不安の色は、ずいぶんと和らいでいた。


「じゃあ、私はあのお客さんのこと、見てくるから。みんな、いい子にしててね」

「はあい!」


 元気のいい返事に、思わずミレルカの表情がほころぶ。

 ぶんぶんと手を振ってくる子供たちに小さく手を振り返し、ミレルカは廊下に置いていた折れた剣に手を伸ばした。持ち手の部分をしっかりと握って持ち上げれば、再び剣特有の重みがミレルカの腕に伝わってくる。

 少々よろけつつも両足をしっかり踏ん張り、慎重に一歩ずつ足を踏み出してヴェルトールやセシリアが待っているであろう部屋に向かっていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る