1-7 出会いは非日常とともに

『……魔獣はどうした? まだいるか?』

「お香を投げて追い払った。魔除けのお香が効くかもって思って」


 ヴェルトールへ答えながら、横目で香炉を確認する。

 香炉の中では二つ分の魔除けのお香が煙を立ち上らせており、ミレルカと青年の周囲に不可視の壁を作り出していた。もうしばらくの間は大丈夫そうだが、だからといって油断はできない。


『よし、なら最低限の安全は確保されてるな』


 玉音石で繋がった向こう側で、衣擦れや物音がする。

 まるで出かける準備を整えているかのような音がしたあと、再びヴェルトールの声がミレルカの耳へ届いた。


『ミレルカ、すぐに行く。いいか、絶対に一歩も動くなよ』

「う、うん」


 強く念を押すようなヴェルトールの声に、ミレルカも頷く。

 その言葉の直後、玉音石に灯っていた光が消え、辺りを静寂が包み込む。

 ミレルカが少しの不安を感じる間もなく、わずかな風が二人の間を駆け抜けていった次の瞬間、宙に突然ヴェルトールの姿が現れた。


「ミレルカ、大丈夫か!?」

「ヴェル兄! ど、どうやって……?」


 宙に現れたヴェルトールの身体は、重力に引っ張られて地面へと着地する。

 軽やかな足音を一つ立てて無事に着地してみせたヴェルトールは、急ぎ足でミレルカといまだに倒れたままでいる青年の傍へ駆け寄った。


「ミレルカの魔力を辿って座標を探して、転移魔法を使って来た。そいつが……話に出てた奴だな?」

「う、うん」


 なるほど、転移魔法を使ったのか――内心納得しながら、ミレルカは頷く。

 ヴェルトールも静かに頷き返すと、青年の傍に片膝をついて座った。彼の首元に手を当てて脈を調べたのち、力が入らずにぐったりとしている青年の片腕を自身の首に回し、肩を貸して立ち上がった。


「ミレルカ、悪いけどこいつの持ち物を持ってくれるか?」

「もちろん。破片も全部拾ったほうがいい?」

「あー……できれば全部がいいけど、できる範囲でいい。危ないから気をつけろよ」


 もう一度ヴェルトールに頷いてみせると、ミレルカは布鞄から再び手袋を取り出した。

 それをしっかりと両手にはめ、折れて散らばっている剣の破片を慎重に拾い集めていく。集めた破片は袋に入れておき、しっかりと口を紐で縛ってから、剣を持ち上げた。


 ずしりとした重みがミレルカの腕から全身に伝わり、少しだけよろけそうになったが、両足でしっかり地面を踏みしめて転倒を防いだ。

 折れた剣を抱えた状態でヴェルトールを見上げれば、彼が次の指示を口に出す。


「よし。傍に来てくれ、帰りも転移魔法を使うから。……香炉も忘れるなよ」

「大丈夫、香炉もしっかり持ってるから。ありがとう、ヴェル兄」


 腕に抱えた剣を落とさないように気をつけながら、慎重にヴェルトールの傍まで足を運ぶ。

 一度、手の中にある剣を持ち直してヴェルトールのすぐ傍に寄り添うように立つ。

 そんなミレルカに優しい微笑みを見せたのち、ヴェルトールは浅く息を吸い込んだ。


「アプレ・フェー・ヴァン! 俺たちをフルーメの街へ運んでくれ!」


 森の空気に、ヴェルトールの呼び声が響く。

 世界の理に触れるための言葉。人々の暮らしに寄り添い、見守ってくれている不可視の隣人たちである精霊に手助けを願うための呪文だ。


 瞬間、魔力が渦巻き、ヴェルトールの呼び声に反応したかのように風が吹く。激しく木の葉を揺らし、森をざわめかせる風はヴェルトールとミレルカを包み込むように渦巻いた。

 思わず強く目を伏せ、肌を撫で、髪や衣服を揺らす風の力に身を任せる。


 少しの時間を置いてからゆっくり目を開けば、目の前に広がっていた景色は森の中から見慣れたフルーメの街に切り替わっていた。

 無事に転移の魔法で、フルーメの街に帰ってくることができた――その現実に、ほうっと小さく息をつく。


「ついたぞ、ミレルカ。早く運ぼう」

「あ、うん。わかった。ありがとう、ヴェル兄」


 はっとした顔をし、声をかけてきたヴェルトールに返事をする。

 青年に肩を貸した状態で歩き出した彼の背中を追いかけ、ミレルカも青年を休ませるために施設へ向かっていった。

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