1-3 出会いは非日常とともに
使った道具を丁寧に洗ったあと、ミレルカはキッチンを離れて物置へと移動した。
ミレルカに錬金術の知識があるとわかった日から、セシリアは施設の一室をミレルカ専用の物置として開放してくれた。薬草やハーブをはじめとしたさまざまな素材がここにしまわれており、その全ての管理を任されている。
今回使用した素材のうち、まだ残っているマリヌスオイルと蜜蝋を元の場所へ戻し、部屋の中に置いているノートを開く。そこに記されている素材のリストを見ながら、しまってある素材の残量を確認し、チェックを進めていく。
しかし、乾燥させたラパンテームをしまっている棚を改めて確認したとき、その手が止まった。
「……ラパンテーム、いつのまにかこんなに減ってたんだ」
乾燥させたラパンテームは、残量が確認しやすいように透明で大きめな瓶の中にしまっている。先ほどは何気なく記録したが、よく見ると結構減っているように見えた。
ここには、幼く遊びざかりな子供たちがいる。遊んでいるうちに怪我をするなんてしょっちゅうだ。それでなくても、日常生活の中で負った傷にはラパンテームを使うため、ほかの素材よりも減り方が激しいのかもしれない。
マリヌスオイルは、つい最近抽出して追加分を用意したばかりだから、まだもう少し余裕がある。蜜蝋も新しく買ったばかりのため、もうしばらくは大丈夫そうだ。リストに改めて視線を落として確認するが、現在もっとも減っているのはラパンテームのようだった。
「また誰か怪我しないとは限らないし、採取しにいかなくちゃ」
幸い、ラパンテームは街の外に自生している。減っても追加分を用意するのは簡単だ。
だが、街の外には魔獣が多く生息しているため、十分な対策をして注意を払わなくては己の身が危ない。
ミレルカは手元のリストを書き換えてからノートを閉じると、普段置いている机の上へ戻した。その後、棚からドライハーブの瓶とハーブパウダーの瓶、そしてハーブを抽出して作られた精油の小瓶を取り出した。
これらのハーブはそれぞれ異なる種類のものだが、共通して魔物に対する忌避効果がある。これを使って作られるお香は、街の外に出るときの必需品だ。あまりに力が強い魔獣には効果が期待できないが、フルーメの街周辺に生息している魔獣に対しては有効だ。
用意した材料を持って机に向かうと、まずは厚手の紙でコーン型を作る。
次に、ドライハーブを瓶から必要分取り出し、乳鉢と乳棒で丁寧に潰した。そこへハーブパウダーをティースプーン一杯分加え、精油を数滴垂らす。そこに水も適量加えて丁寧に練れば、魔除けのハーブペーストの完成だ。
これをコーン型に押し込み、型越しに熱を生み出す魔法石に触れさせる。その状態でミレルカが魔法石に魔力を流し込むと、たちまち魔法石が熱を持ち、ハーブペーストの水分をあっという間に蒸発させた。
完全に乾燥したのを指先で触れて確認し、慎重に型から外せば――魔除けのお香の出来上がりだ。
「これがあれば、安全にラパンテームを採りにいけるはず」
魔獣に対して無防備な状態では、いくらセシリアに頼んでも街の外に出る許可はもらえない。
だが、自分で多少の自衛をしているのであれば、許可は下りやすくなるはずだ。もしこれでも駄目だった場合は、そのときに考えることとしよう。
追加でもう数個、魔除けのお香を作り、完成品を専用のケースの中に入れる。
それをしっかりと手に持ち、ミレルカは街の外へ出る許可をもらうため、セシリアの姿を探しに部屋を出た。
廊下を歩き、いろんな部屋を覗き、ときには弟分や妹分たちの喧嘩や手当をする。そうしながらもセシリアの姿を探し続ける。
ミレルカがセシリアをようやく見つけられたのは、捜索を始めてから数十分後。普段、施設に来客があった際に使われる応接室の中だった。
「セシリアせんせ……あっ」
ほっとしつつ、セシリアの名前を呼びながら少しだけ開かれていた扉を開け放す。
その瞬間、応接室にいたセシリアと――もう一人。普段、施設の中であまり見かけない姿を目にし、思わず声をあげた。
「ヴェル兄!」
夜闇を溶かし込んだような黒髪。長い前髪の隙間から覗く深紅の瞳。錬金術師たちが身につけている宝珠とローブを身にまとった青年は、ミレルカに視線を向けると柔らかく笑みを浮かべた。
ミレルカが青年へと駆け寄っていく。その勢いのまま飛び込んできた彼女の身体を受け止め、青年はそのままぐるりと一回転してからミレルカの頭を撫でた。
「よ、ミレルカ。元気そうで何より」
「ヴェル兄こそ! いつ帰ってきたの? さっきはいなかったよね?」
ば、とミレルカは青年の胸から顔を上げ、深紅の瞳をまっすぐに見上げる。
ヴェルトール・バルテル。それが、ミレルカを抱きとめた青年の名前だ。
まるで本当の兄妹のようにじゃれ合いながら言葉を交わす二人へ微笑ましい視線を贈りつつ、セシリアが口を開く。
「ついさっき戻ってきたところよ。ミレルカが物置に入って数分後だったから、本当についさっき」
「ちょうど受けてた依頼が一段落したし、少しゆっくりしようと思って。母さんとミレルカたちの様子も気になってたから」
「じゃあ、今度は長くここにいれる?」
少しだけドキドキしながら、ミレルカはヴェルトールへ問いかける。
ヴェルトールは、フルーメの街から誕生した錬金術師だ。錬金術師としての階級は中級を示す青玉級。主に武具と魔法薬を作り出すことに長けており、冒険や魔獣退治を生業としている者たちに頼りにされていることをミレルカはよく知っている。
そのため、フルーメの街を離れていることが多く、こうしてミレルカたちがいる施設に帰ってくるのは珍しい。
期待を込めて見つめてくる瞳を見つめ返し、ヴェルトールはにまりと笑みを浮かべた。
「ああ。しばらくはここにいるつもりだ。また何か錬金術について知りたいことがあったら、気軽に聞きに来ていいぞ」
「やったー! ありがとう、ヴェル兄!」
ぱっと笑顔を浮かべ、ミレルカは再びヴェルトールに飛びついた。
ミレルカにとって、ヴェルトールはもっとも身近なところにいる錬金術であり、同じ施設で育った先輩であり、兄のような存在だ。普段は留守にしがちな彼と長く過ごせるというのは、やはりとても嬉しい。
まるで本当の兄妹のようにじゃれ合う二人を微笑ましそうに眺めつつ、セシリアが口を開く。
「そういえば、ミレルカ。何か私に用があったの?」
「あ、そうだった」
セシリアに問いかけられ、はっと思い出す。
ヴェルトールという思わぬ相手との再会で忘れかけてしまっていたが、もともとミレルカはセシリアに用があって彼女のことを探し回っていた。
ヴェルトールの身体に回していた腕をほどき、ミレルカはセシリアへ駆け寄る。
「セシリア先生。ラパンテームが残り少なくなってたから、採取しにいきたいの。取りに行ってもいい?」
そういうと、セシリアは一瞬目を大きく見開いた。
すぐに先ほどまで柔らかくしていた表情を険しくさせ、眉間にシワを寄せる。
「ラパンテームなら、お店でも購入できると思うけれど……」
「できるだけ早く仕入れておきたいの。確かにお店でも売ってるけれど、入荷されていなかったら次の入荷を待たなくちゃいけないし……アリスもアリュもアランもヤツェクも、ほかのみんなも、よく怪我をするから早く手に入れたいの」
確かにセシリアのいうとおり、ラパンテームはフルーメの町にある魔法雑貨店でも販売されている。
しかし、魔法雑貨店にあるラパンテームには限りがある。日常使いしやすい薬草であるラパンテームはどこの家庭でも使われるもののため、場合によっては在庫切れになっている可能性がある。その場合、入荷を待たないといけないため、少々不便だ。
ミレルカは一生懸命訴えるも、セシリアの表情はいまいちぱっとしない。
「そうはいってもねぇ……」
「ほら、魔除けのお香もちゃんと作ってあるの。対策はきちんとしていくから」
その言葉とともに、ミレルカは持ってきていた魔除けのお香をセシリアに見せる。
それを目にしたセシリアが一瞬目を見開いたが、すぐにまた表情を険しくさせた。
「それでも危ないことには変わりないでしょう? ミレルカはまだ子供なんだから、危ないことはしちゃ駄目」
「でも……」
堂々巡りで、決着のつかない会話が繰り返される。
このまま諦めるか、こっそり採取しにいくしかないのだろうか――。
ミレルカの心に少しの諦めが現れ始めたのと、終わりのない会話に決着をつける声があがったのはほぼ同時だった。
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