1-2 出会いは非日常とともに

 この世界には、錬金術と呼ばれる技術が存在する。さまざまな素材を使い、魔法や魔法の力を秘めた道具を作り出し、それを販売して生計を立てる彼らの技術は人々の暮らしを古くから支えてきた。


 技術を記した書物なら、たくさん存在している。しかし、そこから踏み込んで錬金術師としての知識と技術を身につけようと思った場合、しかるべき機関でしかるべき教育を受ける必要がある。

 だが、ミレルカは物心ついたときには錬金術についての書物を読み解き、記されているレシピに従って魔法の力が宿ったものを生み出すことができた。


 それもそのはず。ミレルカには生まれつき、錬金術に関する知識が豊富に宿っていたのだから。


「……はい、できた。アリュ、傷口をもう一度見せて」

「うん……」


 瓶に入っている蜜蝋が完全に固まったのを見計らい、魔法石を瓶から離す。

 魔法石をテーブルに置いてから振り返り、ミレルカはすっかり落ち着いたアリュへ声をかけた。

 アリュは手に持っていたマグカップを置き、横向きで椅子に座り直す。アリュと向かい合うように、正面に片膝をついて座り、ミレルカは改めて傷口の様子を観察した。

 負傷してから時間が経ったため、傷口の周囲に付着した血液は少しだけ固まっている。だが、出血そのものが完全に止まったわけではなく、傷口からはいまだに赤い血液がじんわりと滲み出ていた。


「しみるけど、我慢してね」

「ん……我慢する……」


 頷いたアリュに優しく微笑み、まずは濡らした布で傷口の周囲に付着した血を拭き取る。傷口の状態を綺麗にすると、完成したばかりの薬用成分を含んだ蜜蝋――もとい、ラパンテームの傷薬を指ですくいとった。


 軟膏タイプのそれを、そっと傷口に塗りつける。一瞬アリュの足が跳ねたが、ぎゅっと手を強く握ってしみてくる痛みに耐えているようだった。

 もう少しだけ指で傷薬をすくいとり、塗りつける。最後にガーゼを当て、テープで固定してから包帯をぐるりと巻いた。包帯もしっかりとテープで固定し、ミレルカは柔らかく笑ってみせた。


「はい、終わり。頑張ったね」

「……ありがと、ミレルカお姉ちゃん」

「どういたしまして。この軟膏、止血と抗菌作用があるから、綺麗に治るまで塗ってね。なめても大丈夫な素材を使ってるけど、あんまり美味しくないと思うから、なめないように」

「はーい!」


 手当も終わり、すっかり笑顔になったアリュへ完成したばかりの軟膏を持たせる。

 アリュは大きく頷いて、アランに手を引かれてキッチンを出ていった。

 微笑ましい気持ちになりながら、二人分の小さな背中を見送り、ミレルカは後片付けをするためにもう一度使った道具たちへと視線を向けた。


 コッパー鍋やボウルを洗いながら思い出すのは、己に宿っている記憶だ。


 ミレルカが『ミレルカ・ジェラルペトル』になる前の記憶は、物心がついた頃には思い出すことができるようになっていた。過去の自分がどういう人物だったのか、どんなところで暮らしていたのか、その大部分はおぼろげではっきりしない。

 だが、ゲームという形でこの世界に触れ、繰り返し遊ぶ中で錬金術についての知識をどんどん蓄えていっていたことだけは、鮮明に覚えている。


 不思議で奇妙な話だけれど、その知識を受け継ぐことができたおかげで、今の自分は施設の子供たちや大人を支えられている――そう考えると、以前の自分に少しだけ感謝したい気持ちになる。


「あら、ミレルカ。また何か作っていたの?」


 背後から声をかけられ、片付けの手を止めて振り返った。

 両手に大きく膨れた鞄を持った、マリンブルーの瞳をした女性と目が合う。

 穏やかな表情でこちらを見つめる彼女へ微笑みを返し、ミレルカはそっと唇を動かした。


「セシリア先生。アリュがこけて、膝を擦りむいていたので」

「なるほどね。いつもありがとう、ミレルカ。みんなのお姉さんをしてくれるだけでなくて、こうして何か作ってくれて。あなたの錬金術の知識にはいつも助けられてるわ」

「いいの。セシリア先生やみんなの役に立ててるなら、すごく嬉しいから」


 嘘ではない。実際、己の中に宿る知識で施設のみんなを助けられているのは、ミレルカにとってとても嬉しいことだ。

 両親を亡くし、一人だけになってしまったミレルカを迎え入れてくれたセシリアは親のような存在で、同じ施設で暮らす仲間たちは弟や妹みたいなもの。血の繋がりはないけれど、家族として暮らしている人たちを支えられるのは、大きな幸福だ。

 しかし、セシリアはミレルカの答えに少し納得のいかないものを感じたのか、苦笑いを浮かべた。


「そういってくれるのは嬉しいけれど……ミレルカもたまには甘えてちょうだいね。いつもうんと大人びた振る舞いをしていて、なんだか心配になっちゃう」

「大丈夫。甘えたい気分のときは、先生のところにちゃんと行くから」


 数回瞬きしたのち、ミレルカもセシリアと同じように少しだけ苦笑いを浮かべた。

 確かに、この施設に住んでいる子供たちの中では少々大人びた振る舞いをしているかもしれない。けれど、甘えたい気持ちになったときはきちんと大人に甘えるつもりだ。

 あまり心配しなくても大丈夫という思いを込めて答えるも、セシリアの表情はあまり変わらなかった。


「本当にそうならいいのだけれど」

「大丈夫、大丈夫。先生はアリュやアリス、アランたちの心配をしてあげて」


 こういうところが、セシリアに心配をかけてしまうのかもしれないけれど――アリスやアラン、アリュたちはミレルカよりも幼く、まだまだ大人に甘えたいさかりだ。自分は彼、彼女たちに比べるともう少し成長しているから、今のところはそちらを重視してほしい思いもある。


 だが、そんな中でもセシリアがミレルカのことも気にかけてくれるというのは、正直なところ――少し、嬉しい。


 胸の中に広がるくすぐったい気持ちを隠しながら、ミレルカは視線をセシリアから外して洗い物を再開した。


 己の中に宿る知識をもっと大々的に使えば、こんなにも暖かい気持ちをくれるセシリアを今以上に助けられるかもしれないとわかっている。何らかの地位を獲得することだってできるかもしれない。

 だが、今のところ、ミレルカの中にはそれをする気はない。優れた知識を披露して、手に入れられるのは安寧だけとは限らない。


 今はまだ、血ではなく絆で繋がった家族を密やかに助けながら過ごしたい。


 そんな思いを抱えて、ミレルカは日々を過ごしている。

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