転生幼女は金剛級錬金術師

神無月もなか

第1話 出会いは非日常とともに

1-1 出会いは非日常とともに

 一階から、自分よりも幼い子供が大声をあげて泣きじゃくる声が聞こえてくる。

 その声を耳にして、ミレルカ・ジェラルペトルは「ああ、今日もか」と頭の片隅で考え、読んでいた本に栞を挟んで立ち上がった。


 部屋を出て、廊下を歩き、階段を下りていく。一階に辿り着けば、聞こえていた泣き声はより一層大きなものになった。鼓膜を激しく震わせる泣き声に誘われるかのように歩を進め、部屋の扉を開けば、中にいた子供たちの視線が一斉にミレルカへ向いた。


「ミレルカ姉!」

「今日はどうしたの? すごく大きな泣き声が聞こえてきたけれど」


 部屋にいた子供たちが一部を残し、こちらへ駆け寄ってくる。

 まだ幼い彼、彼女らに合わせ、床に片膝をついて問いかける。すると、真っ先にミレルカへ話しかけてきた少女は、数人の子供たちに囲まれて泣きじゃくっている少年を指で示した。


「あのね、みんなで追いかけっこしてたの。そしたら、アリュがこけちゃって……」

「すごーく痛そうなこけかたしたの! ずしゃーって!」


 状況を説明しようとしてくれている少女に続き、彼女の傍にいた黒髪の少年も声をあげる。

 二人の説明に耳を傾けながら、ミレルカは部屋の中を見渡した。子供部屋として開放されている室内には、たくさんのおもちゃやぬいぐるみ、絵本などが散在している。その中には可愛らしい色合いをした崩れた積み木もある。


 聞いた話をもとに考える。室内で追いかけっこをして遊んでいて、途中で積み木に躓き、勢いよく転倒した――といったところだろうか。


「わかった、ありがとう。アリス、ヤツェク。でも、追いかけっこをするならお外にしようね、部屋の中は危ないから」

「はあーい」

「はーい」


 元気よく返事をした少女と少年――アリスとヤツェクの頭を撫で、立ち上がる。なんとか泣きじゃくっているアリュを泣き止ませようとしている子供たちのほうへ向かっていけば、アリュの目線がこちらを向いた。

 床に座り込んだアリュの膝は一部分が赤くなっており、そこから赤い血が滲んでいる。


「アリュ、大丈夫?」

「み、みれ、ミレルカお姉ちゃ」

「……擦りむいちゃってる。私が来たからもう大丈夫だよ。痛いだろうけど、もうちょっとだけ我慢できる?」


 涙をぼろぼろ流すアリュの頭を優しく撫でると、それまで大声をあげて泣いていたのが嘘だったかのように落ち着いてきた。

 嗚咽をこぼしながらもアリュは頷いて、唇を動かした。


「ん……う、ん。が、がん、頑張る」

「よし、いい子。アリュは強い子」


 もう一度アリュの頭を撫で、ミレルカは傍にいた少年へ声をかける。


「アラン、悪いけど乾燥させたラパンテームの葉と実、マリヌスオイル、それから蜜蝋を物置から取ってきてくれない? 私はその間に準備をしたいから」

「わ、わかった!」


 アランと呼ばれた少年は大きく頷き、急ぎ足で物置へ向かっていく。

 ミレルカはそんなアランの背中へ転倒しないよう声をかけたあと、一度子供部屋を離れ、キッチンへ向かった。


 さまざまな調理器具がしまわれている戸棚――とは異なる戸棚を開き、中から小さめのコッパー鍋を取り出した。ほのかに薬草の香りがするそれに水を注ぎ、コンロに設置して火にかける。

 ちょうどそのタイミングでキッチンの扉が開かれ、ミレルカが頼んだ材料を腕に抱えたアランと、目元を赤くしたアリュが姿を現した。


「ミレルカ姉ちゃん、持ってきた!」

「ありがとう、アラン。二人とも、もうちょっとだけ待っててね」


 駆け寄ってきたアランから材料を受け取り、一つ一つを取りやすいように調理台へ並べていく。

 コッパー鍋の横で、小さめのポットを置いて同じように火にかける。やがて湯が沸くと、ティーポットについている茶こしへドライハーブを入れ、そこに湯を注いでハーブティーを用意する。

 二人分のハーブティーを淹れると、椅子に座っているアランとアリュに出し、ミレルカは再びコッパー鍋と向き合った。


 温暖な気候で自然に恵まれた国であるフロニア国。そこの王都から離れた場所に位置する田舎町であるフルーメの街が、ミレルカが暮らしている街だ。


 魔獣が存在するこの世界では、人が魔獣に襲われて命を落とすことがある。行商人をしていたミレルカの両親も例にもれず、幼くして両親を亡くした彼女は同じような理由で親を亡くした子供たちが住まう施設で過ごしている。

 この世に生を受けて、今年で十年目。ふわふわしたストロベリーブロンドの髪にスカイブルーの瞳が特徴的な彼女は、施設にいる幼い子供たちにとって頼りになるお姉さんという立場になっていた。


 高貴な家に生まれたわけでも、世界を救うような強大な力を持っているわけでもない。両親がいないという少しだけ悲しい経歴を持っているけれど、それを嘆いているわけでもない。幼いなりに一生懸命に前を向いて生きている少女――それが、ミレルカ・ジェラルペトルという少女だ。


 こぽこぽとコッパー鍋の湯が歌いだす。

 そのタイミングに合わせ、ミレルカはコッパー鍋の上に小さめのボウルをセットした。中にアランから受け取ったラパンテームの葉と実を入れる。


 ラパンテームは、この世界に生えている薬草の中でもっとも一般的なものだ。葉にはタンニンが多く含まれており、止血に役立つため傷薬の材料になる。多くの場合は葉のみを使われるが、実にもポリフェノールが多く含まれているため、実も一緒に使うことで消炎効果と止血効果がある傷薬を作ることができる。


 さらにマリヌスというハーブから抽出して作ったオイルを加え、ゆっくり温めていく。

 マリヌスは抗菌作用に優れているため、傷薬の周辺で増殖する細菌を死滅させ、傷口を清潔な状態で保つことができる。さらに保湿作用もあるので、傷口周辺の皮膚が乾燥してしまうのを防ぐのに役立つはずだ。


 これらの素材が十分に温まったところでこし器を使ってラパンテームの葉と実を取り除き、オイルのみを再びボウルの中へ戻した。

 慣れた手付きで作業を進めていくミレルカを見つめていたアランが、小さく呟いた。


「やっぱりミレルカ姉ちゃん、錬金術上手だなぁ……」

「覚えたらアランもできるようになるよ。これはすごく簡単なレシピだもの」


 振り返ってアランにそう答えると、ミレルカは蜜蝋が入った容器を手に取り、ボウルの中へ投入した。ゆっくりと蜜蝋を溶かしていき、十分に溶けたところで瓶に注ぎ、冷却用の魔法石を押し当てた。

 魔法石がガラス越しに蜜蝋の温度を吸い込み、たちまち冷やしていく様子を眺めながら、アランは続けて声をあげる。


「でもさー、錬金術の本って難しいよ。ミレルカ姉ちゃん、それをすいすい読めるし、そうやって何か作ったりもできるし。やっぱり上手だよ」

「私も最初は読むのに苦労した。アランも、頑張ってたらいつか読めるようになるよ」

「そうかなぁ……」


 納得がいっていなさそうな様子でハーブティーを飲むアランを一度見て、手元の瓶に視線を落とし、ミレルカは苦笑いを浮かべた。

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