第6話 喪失
殺し屋の唇が震えていた。
この発作は殺した相手の痛みを受け取る儀式だと思っていた。いままで相手の心の声など激痛にかき消されて聞こえなかったからだ。
だが今日は違う。この柔らかい熱にのせて、少女の想いが言葉となって殺し屋の心に響いてきた。
(殺し屋さん……殺してくれて、ありがとう……自由にしてくれて、ありがとう……)
同時に殺し屋の目に、少女の心象風景が流れ込んできた。それは幼かった頃の記憶。母に腕に抱かれ、揺られ、幸せに微笑んでいる景色だった。
突然ドアが乱暴に開いた。ひとりの男がすごい剣幕でやってくる。殺し屋はその男を知っていた。あの華僑のボス、今回の依頼人だった。
ボスは有無を言わさず母親から赤ん坊を奪い取った。
(赤子は預かるね! あなたとの隠し子だとバレたら私、組織に消されるよ!)
(やめて!
(殺す? 馬鹿言うんじゃないね。隠すのよ! この子は一生、外に出さないね)
(いやあああ!!)
それからの記憶は、最後まであの貧民街の廃ビルの一室。
暗く、ひとりしかいない世界。たまに来る組織の男たちと、勉強を教える家庭教師、チャンネルの少ないテレビが少女のすべてだった。
ある日、いつものように食事を届けにやってきた髭面の男が、去り際に言い残した。
(お嬢さん……あなたの存在が組織にバレました。ボスは選択を迫られています。あなたを生かすか、
(待って! 私は一生ここにいるぐらいなら、殺されてもいいです。けど一度でいいから……ここから出てみたい……テレビでみるような公園に行ってみたい。お願い! 絶対ここに戻ってくるから、私を外の世界に連れて行って!)
男は悲しい顔で何かを伝えようとしたが、首を振り部屋のドアを閉めた。
うつむいて泣き出す少女の耳に、カチャリと鍵のかかる音が聞こえた。
「なんてことだ! 俺はなんてことを!!」
殺し屋はバスルームの壁を何度も殴りつけた。まさか依頼主が自分の娘を標的にするとは想像もつかなかった。
「あの娘は最後まで、親を
殺し屋の体を包んでいた温かさが薄れていった。小さな子どもの命の
温もりが完全に消える間際、言葉が聞こえた。それは女の子の希望と、少しだけ皮肉のこもった願いだった。
(……最後に……外へ……あなたと……お散歩したかった……なあ……)
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