第5話 感謝



 今日も夜がやってきた。殺し屋は大きめのバスタオルを手に、バスルームへ向かった。


 仕事はひどく簡単だった。怪我もない。ボスから倍の報酬も振り込まれていた。ここ数年来ない上首尾の1日だ。


 それなのに殺し屋の気分はなぜか晴れない。


 これから来る痛みの発作のせいか。それとも幼子に手をかけたからか。


 そんなはずはない。冷徹な殺し屋はそのどちらも否定する自信があった。だがそのせいで余計に憂鬱な理由が分からない。


 連日働きすぎたのだろう。しばらく仕事の依頼は依頼を受けない方がいい。殺し屋はそう結論づけて、バスルームのドアを閉めた。


 いつものようにシャワーの水を出し、そのまま体にかけ始める。湯にしないのは、冷水で少しでも痛みを和らげる為だった。それもたいして効果は無いが。


 そろそろ発作が始まるだろう。殺し屋は襲いかかる激痛への準備として、筋肉をぐっと引き締めた。



 来なかった。何もやってこない。肌にあるのは、少し慣れて冷たさが鈍くなったシャワーの水流の感触だけ。


「なぜ……?」


 殺し屋は混乱した。あれだけ忌み嫌っていた発作なのに、いざ来ないと逆に不気味だった。


 混乱している間に、殺し屋の肌が少しずつ温かくなってきた。シャワーは変わらず水だというのに、確かに熱を感じるのだ。


 その温かさはやがて全身へと広がり、ついには肌を通して殺し屋の心の中にまで染み入ってきた。


「まさか……」


 殺し屋は気づいた。そしてその事実に驚いた。


 発作は起こっていた。そしてこの温かさは、今日殺したあの少女が今際いまわきわに感じていた心そのものだった。


「何ということだ……これは……感謝だ!」

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