第3話 標的



 殺し屋はさっそく標的の住む場所に向かった。


 そこは彼のアジトに負けない程の貧民街で、とても重要人物が住んでいるようには見えなかった。


 身を隠す為の工作だろう。殺し屋はそう推測した。住所の番地は傾きかけた廃ビルを示していた。明かりがあるので電気は届いているようだが、エレベーターは故障していた。


 殺し屋は用心深く、階段を進んだ。床にほこりは積もっているが、うっすらと人の歩いた跡があった。誰か出入りしている証拠だ。


 欠けた部屋番号を確認して、彼は扉に手をかけた。専用のツールを使えば、鍵を開けるのに1秒とかからない。


 部屋に足を踏み入れた時、中の明かりは点いていた。片方が消えかかっている蛍光灯が、部屋を灰色に照らしている。


 人の気配を感じて目を凝らすと、奥にベッドがあり、ひとりの少女が眠っていた。


 足音を立てずに近づいて、真上から顔を確認する。


 写真を見返すまでもない。こいつが今回の標的だ。簡単な仕事だとほくそ笑んだ時、少女の目がぱっと開いた。


「こんにちは」


 悲鳴をあげられる前に仕留めるつもりだった殺し屋は、思わず動きを止めた。


 少女が物静かにベッドから起き上がった。驚いた様子も逃げる動作もない。ただ黒い瞳が殺し屋を写していた。


「食事を持ってきてくれる、いつもの人じゃないのね。あなたは誰?」


「俺は……殺し屋だ」


 別に目的をばらしても問題ない。この子が誰かに俺のことを漏らす機会を与えるつもりはないから。


「殺し屋さん……ですか。私に何かご用ですか?」


「……嘘は言いたくない。俺はあんたを殺すために来た。そう頼まれたんだ」


 今度こそ悲鳴をあげるか、泣き出すだろう。殺し屋は拳を握った。しかし少女の表情に変化はなかった。


「そうですか。では私は殺されるんですね……あの、ひとつ聞いてもいいですか?」


「いいだろう。どうせ最後だ」


「本当のあなたは私を殺したくないですか?」


「なんだって?」


 殺し屋は意表をつかれた。


「さっき頼まれたって聞こえたので。それに『なんとか屋』って、お仕事をする人のことですよね? 大人はよく言うじゃないですが。『嫌だけど仕事だからしかたない』って」


「……」


「もしそうなら、無理しなくていいんですよ。私はずっとここにいますし、よく考えてからもう一度来て下さいな」


 殺し屋は黙って考えた。殺される前にこんな問いかけをしてくる相手は、これまで一人もいなかった。おかげで彼の仕事のリズムが狂ってしまった。


 いや、もしかして――殺し屋はある考えにたどり着いた。

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