第6話
「…ん?ん……くんくん」
カフェを出てすぐに腕を組んできた篠崎さんは首を傾げると、突然俺の右腕に自分の体をごしごしと擦り付けてきた。柔らかい双丘の感覚に頭が蕩けそうになるので今はやめてほしい。
「ど、どうしたの?」
「いえ右腕から少し女の匂いが……きっとぶつかったんでしょう。これで上書き完了です。さてと……そろそろ11時ですか。時間が経つのは早いですね。まだまだいっぱい行きたいところがあるのにこれじゃあ間に合いそうにありません。神谷くん明日って時間ありましたよね?」
これは連日デートの流れだ。すること無かったし篠崎さんと一緒に居れるからいいけど。
「そうだね。明日もデート?」
「にしたいんですがどうでしょうか」
「いいよ……って紅愛危ない!」
「え?…きゃあ!」
「ちっ!」
目の前に迫ってきた自転車を避ける。自転車は明らかに篠崎さんを狙っていた。くそっあのデブめ……。
追いかけようとしたが増援が来たりすると厄介なので篠崎さんを抱き寄せたまま近くにあったコンビニに入る。
何なんだよ、ったく……。でもあいつどっかで見た気が…………あっ。
「あれって確か別のクラスの……」
「…名前は知りませんが私に告白してきた人の1人であることは間違いありません。自分を振って別の人とデートしているのが気に食わなかったのでしょうね」
「……あいつ絶対許さねぇ。篠崎さんちょっと待ってて「紅愛」…はい?」
「紅愛って呼んでくれたじゃないですか……紅愛じゃないと嫌です」
「えぇ……紅愛?」
「はい!」
先程までのことをすっかり忘れたかのように花が咲くような満面の笑顔になる篠……もとい紅愛。
「俺、あいつにちょっと用があるからここで待ってて」
「今から行っても遅いですよ。冷静に考えてみてください。あんなのに構ってる時間が勿体ないです。それに何かあったら私を守ってくださいますよね?私だけの王子様♡」
「……分かったよ。お姫様」
コンビニを出て、周囲を確認してから外に出る。どうやらあのデブはあのままいなくなったようだ。増援が来る気配もない。
いやマジで危なかった。紅愛に怪我がなくて良かった。
「かっこよかったですよ蒼太くん。ありがとうございました」
ちゃっかり紅愛も俺を名前で呼ぶようになっている。なんか一気に恋人感が増したな。
「紅愛が無事で良かったよ。でもこんな事が起きるなら迂闊に外に出れなそうだ」
「ですね。これからはお家デートの回数が増えそうです」
こんな時でもデートが優先の彼女に少し笑いそうになる。
「それで話の続きですがこんなことがあったので明日は私の家でお家デートなんてどうでしょうか?明日は両親もいませんし……ね?」
そこで両親がいないという情報は果たして必要なのだろうか。誘われてる風にしか聞こえないのだけれど。
「いいけど紅愛の家分からないよ?」
「迎えに行きます。朝……8時には支度を終わらせておいてください」
「8時……随分早いな」
「長く蒼太くんといるためです。本当ならこのまま私の家でお泊まりにしたいのですが蒼太くんの御家族の都合もありますからね。私は我慢出来る良い妻なのです」
紅愛がえへんと胸を張る。妻?彼女からグレードアップしたな。まぁ何かない限り将来そうなるだろうし突っ込まないでおこう。
「そうだね。紅愛は良い妻だね。俺も紅愛のために良い夫にならないと」
「蒼太くんは既に良い旦那様です。居るだけで私を喜ばせてくれるんですから」
ぎゅっと抱きついて嬉しいことを言ってくれる紅愛。たまらずさらさらな金髪を撫でてあげるとん〜♡と蕩けた声を漏らす。
「はっ!いけません。ここで時間を消費している暇は無かったのでした。お昼までにもう一件だけ寄るところがあるのです。蒼太くん行きましょう」
「はいはい…」
既にあのデブの事など忘れたと言わんばかりに無警戒な紅愛。本当に俺に守らせる気なのか?俺も人間なんだから不意をつかれてしまうかもしれないと彼女なら分かるだろうに。
でもそんな彼女の期待を裏切りたくないのでデートを楽しめる範囲で最大限の警戒をしながら行くとしよう。
「あっ……♡ふふっ今の蒼太くんの目とっても良い目です。思わずゾクゾクしちゃいます」
「…どういう目なの?」
「俺の女に手を出すなって周りを威圧している言うならば自分の雌を守ろうとする雄らしいとてもエッチな目です」
「エッチ?」
「…失敬。とても興奮する目です」
変わらなくね?紅愛は俺の目に興奮してるのか。よく見ると何かモジモジしてるような気がする。見なかったことにしよう。
というか今日だけで紅愛の印象が随分と変わった。この子思ったよりも変態だ。
「普段とどっちがいい?」
「…選び難いですね。普段の目は優しくて心が穏やかになるのですが今の目は女として蒼太くんに身を委ねたくなる雄らしい目ですから……んー選べません。でもそういう雰囲気の時は今みたいな目で私を屈服させて欲しいです///」
俺に屈服する紅愛を想像したがあまりに刺激が強すぎたため、すぐに頭を振って妄想をかき消す。
「……分かったよ。でもそんな日は当分来ないからね」
「……ですね。あっ、着きました」
含みのある言い方が気になったが、そうこうしているうちにどうやら紅愛の来たかった場所へ着いたようだ。水族館、何とも定番なところだ。
「今日はイルカのショーがあるらしいです。これは絶対に見ないと駄目です。特にルカちゃんを絶対にこの目で見るのです」
「ルカちゃん?」
誰だ?イルカの名前か?イルカだからルカか…単純だな………いっ!?
「ルカちゃんを馬鹿にしたら駄目です。チケット買いに行きますよ」
「は、はい」
チケット売り場まで行き、俺の奢りで2枚買う。すると紅愛にお礼のキスをされた。これだけで金を出す価値が十分にある。
紅愛が俺の腕を引っ張って急いで屋外へと進んでいく。どうやらショーが始まるまで後10分ほどしかないようだ。
「まずいです!このままだと立ち見することになっちゃいます!」
「立ち見は駄目なの?」
「駄目に決まってるじゃないですか!ルカちゃんを遠目から眺めるなんて嫌ですよ!」
しかし健闘むなしく、着いた時には既に席が埋まっていた。紅愛が絶望した表情に変わる。
「そ、そんな……」
「あ〜まぁ……また来れる時に来よ?今日はここから見ようか」
「うぅ……そんなぁ…」
紅愛が悲しがる姿を見て心が痛む。それもこれも全てはあのデブが要らない時間を取らせるからだ。まじ許さん。
しかし神はまだ俺達を見捨てていなかったらしい。目が合ったスタッフさんがこちらに寄ってきた。
紅愛は今対応できる状態じゃないので俺が代わりに対応する。
「あの〜すみません」
「何でしょうか?」
「カップルさんでお間違いないでしょうか?」
「そうですね。付き合いたてのカップルです」
「そうなんですか!それはおめでとうございます!それでこれからショーが始まるのですがカップル席が一つだけ空いていまして……そちらに移りませんか?」
「っ!行きます!行かせてください!蒼太くん!早く行きましょう!」
「紅愛……もう。すみません。うちの彼女が」
「いえいえ。あんなに喜んでいるお客様は久しぶりで私も嬉しいです。では案内致しますので」
にこやかに笑うスタッフさんの後ろをついて歩くと確かに席が空いていた。それも最前席が。なぜこんないい場所が……
紅愛は既に座っており、俺に手を振ってきた。
「蒼太く〜ん!早く来てください!」
「はいはい…親切にありがとうございました」
「いえいえ……こちら雨具になります。最前席は水しぶきが酷いので着用をお願いしているのです。是非使ってください」
「重ね重ね本当にありがとうございます。ショー楽しみにしてるんで」
「はい。ありがとうございます。それでは失礼致します」
スタッフさんが戻っていくので俺も雨具を持って紅愛の隣まで移動する。
紅愛は待ちきれないのかずっと目を輝かせて水槽の中を眺めていた。
「これ着てね。濡れちゃうから」
「ありがとうございます。ルカちゃん早く見たいです〜♪ふんふんふーん♪」
ルンルンと鼻歌を歌いながら雨具を着る紅愛。俺も雨具を着て水槽の中を眺める。そういや何気に水族館って初めてな気がする。どんなことをするのだろう?イメージだと輪っかを潜ったりするくらいしか思い浮かばない。
紅愛に聞こうとすると、そのタイミングで軽快なBGMが聞こえてきた。あっ、さっきのスタッフさんだ。
「おまたせしました!これよりルカちゃんとイルくんのイルカショーを開演致します!それではルカちゃんとイルくんの登場です!拍手でお迎えください!」
パチパチパチパチパチ
奥から満を持して2匹のイルカが現れる。どっちがイルでどっちがルカなんだ?見当が付かない。
紅愛は他の観客と共に歓声を上げている。
「まずはご挨拶に高ーくジャンプをしてもらいます!せーの!」
スタッフさんが手を高く掲げるとイルカ達が俺たちの目線よりも高く飛んだ。凄っ!めっちゃ飛ぶじゃん。
そして着水。飛んでくる水しぶきを雨具が弾く。
「きゃあ!凄いです!」
「あんな飛ぶんか……」
「まだまだ飛びますよ〜!」
今度は2匹が交互に飛ぶ。ばしゃん!ばしゃん!と二度大きな着水音が鳴り、拍手が響き渡る。
横を見れば紅愛は普段の綺麗な笑顔とは違い、年相応の可愛らしい笑顔でショーを見ていた。
この後イルカの紹介をされ、パフォーマンスに移り始めた。
「次はこのボールを叩きます!高さは5m!行きますよー!」
今度はスタッフさんがジャンプとは違う合図を出す。すると1匹はボールを嘴で揺らし、もう1匹は尾でボールを叩く。
大きな拍手が会場を包む。今度は逆だ。
再度大きな拍手が響き渡る。
そうして特にトラブルのようなことも無くショーは進んでいき、いよいよ終わりとなる。
「最後はとても大きな水しぶきが上がりますのでご注意ください!行きますよ!3、2、1……0!」
2匹が高くジャンプしくるくる回りながら同時に着水する。確かに今まで以上の水しぶき……いや水しぶきなんてレベルじゃなくね?波だぞこれ。嘘つかないでスタッフさん。
しかもそれが最も多くかかるのは……紅愛の場所。紅愛はイルカに夢中で水を気にしてない。これはマズイ。
「うぐっ……」
俺は紅愛へ被さり背中で水を受ける。背中にズシッと水がのしかかり、思わず呻き声をもらす。
なるほど……だからこの席だけ空いてたのか。最前席のくせにとんだハズレ席じゃないか。
「蒼太くん!?大丈夫ですか!?」
「平気だよ」
「ど、どうしましょう。私のせいで……」
「慌てないで大丈夫だよ。それよりショー終わっちゃったね。初めて見たけど結構面白かった。紅愛は面白かった?」
「は、はい。面白かった、ですけど……」
「なら良かった。それじゃ行こ?心配しなくて大丈夫だよ。元気だから」
「でも……でもぉ……」
涙目になる紅愛を優しく抱きしめる。なんでこういう時だけ泣き虫なんだよこの子は……まったく。
「大丈夫だから。ほら面白かったなら笑うんだよ。紅愛が泣いたらせっかく頑張ったルカちゃんとイルくんが報われないぞ?それに本当に怪我してないから……だから笑って?俺の好きな紅愛の笑顔見せてよ」
「ひぐっ……蒼太くぅん…うぇぇん」
あーあ本格的に泣き出しちゃった。泣かせるなんて彼氏失格だな俺。とりあえず雨具を脱がせる。ついでに俺も脱いだ。
「ん〜本当に大丈夫なんだけど……よっと…ほら紅愛のことお姫様だっこできるよ?背中無事だからね。だから泣かないで?ほら笑って笑って」
「ぐすっ……蒼太くんのばかぁ」
今度は馬鹿か……。
紅愛をお姫様だっこして会場を抜ける。周りの視線が集まるが今は紅愛をあやすのが先だ。
「何度も言うよ?俺は大丈夫だから。次俺にこれ言わせたら紅愛と別れるよ?」
ここは禁忌の別れるよ戦法。流石にこれで泣き止むだろう。
しかし俺は次の瞬間この事をとても後悔した。否、これからしばらくの間、後悔させられることになった。
「……は?別れる?何言ってるんですか?蒼太くんは私から離れたいんですか。そうですかそうですか。それなら離れられないようにしないといけませんね。下ろしてください」
無表情となった紅愛が底冷えする程冷たい声を出す。
「…冗談だからね?真に受けないでね?」
とりあえず泣き止んだようだからそっと紅愛を下ろすが、ヤバいスイッチを入れたかもしれない。背中を流れる冷や汗が止まらない。
「冗談でもそんな言葉が出てくるのですからきっと心の中ではそう思ってたんですよね?これはいけませんね。ちゃんとじっくりと教えこまないといけないみたいです。蒼太くんは私から離れられないということを……」
紅愛がどこかに電話をかける。怖っ…さっきまでの泣き虫紅愛はどこに行ったんだ。
「花岸、直ちに来なさい……えぇ…そうよ。プランBよ。お父様とお母様にも伝えておきなさい…………そちらには私自ら話をするわ。急ぎなさい」
電話を切った紅愛は笑顔でこちらに振り向く。しかしその笑顔は俺の大好きな笑顔なのだが何か狂気じみたものが混じっていた。
「蒼太くんが悪いんですからね?確かに泣きべそをかいて話を聞かなかった私が悪いですがあんなことを言うんですもの……覚悟は出来てますよね?」
「えっ?ぐっ……」
背中にバチッと衝撃が走り、体から力が抜け落ちる。後ろから誰かに支えられる感覚しか分からない。朦朧とした意識の中で必死に紅愛に事情を聞こうとするが口が上手く開いてくれず、ぱくぱくと口を開閉させてしまう。
「さすが花岸。とても早いですね。では蒼太くんを運んでください。そうですね……………」
最後の言葉を聞き取れずに俺は意識を失った。
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タイトルに匂いフェチって書いてるのに匂いフェチ要素出してなかったので冒頭に出しました。そして神谷くんお前ぇ……ヤンデレに別れるは危険すぎるだろ………ということでデートは唐突に終了致しました。次回からも篠崎さんと神谷くんのイチャイチャ届けれるよう頑張ります。
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