第4話

「んぅ〜〜ッ!…かっこよすぎます……あんなの反則です!」


 家に帰った私はベッドの上で今日の神谷くんのことを思い出し、足をジタバタさせる。

 神谷くんったら髪の毛を整えてたんです。そんなの惚れ直すに決まってます。髪を整えていない神谷くんも素敵でしたがやはり髪を整えるだけで印象が凄く変わりますね。爽やかイケメンで声もかっこよくて匂いも良くてずるいです。できればずっと匂いを嗅いで抱き合って耳元で愛してるって言ってほしいてす。


 それにしても許せないのはあの雌猫共ですね。私の神谷くんがイメチェンした瞬間に寄って集って……汚らわしいです。神谷くんの体に触ってた方もいましたね。今はまだ交際関係に至っていないから辛うじて許しますが来週からは絶対に近づけさせません。猫は大人しくそこら辺の常時発情してる男でも漁ってればいいのです。神谷くんのような殿方に話しかけることすら烏滸がましい……


「それにしてもどうしていきなりイメチェンなんてしたのでしょうか……ま、まさか好きな人が出来たとか………それだけは嫌です!ど、どうしましょう……」


 何か神谷くんの気を引けるようなことをしなければ……土曜日が勝負所です。ここで何としても神谷くんを私のものにしてみせます。


「神谷くんの隣に寄り添うのは私だけでいいのですから……」







〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


 迎えた土曜日。9時集合の予定だが8時半に着いた俺は銅像の下でスマホをいじって待機していようとする……のだがどうやら待つ必要はなかったようだ。

 周りの人達からどよめきが聞こえてくる。俺もスマホから目を離し、前に目線を向ける。そこには女神と呼ぶに相応しい美しい姿をした篠崎さんがこちらに向かって歩いてきていた。


「あら、神谷くんお早いですね。もしかして待ってました?」

「いや今来たところだよ。篠崎さんこそ早いね」

「はい。今日が楽しみで早く来てしまいました。早いですが行きますか」

「うん。それで今日はどこに行くの?」

「それなんですけどお礼とは別に最初に寄りたいところがありまして……良いですか?」

「良いよ。じゃあまずはそこに行こうか」

「はい。参りましょう」


 篠崎さんと並んで歩くと彼女の歩幅が結構小さいことに気付いた。篠崎さんの歩幅に合わせて歩いていると隣から笑い声が聞こえた。


「ふふっ、私に合わせてくれるなんて本当に優しいですね神谷くん」

「当然のことだよ。別に早くしようとか思わなくていいからね」

「はい。ありがとうございます」


 それからしばらく無言が続く。しかし気まずさ等はなかった。むしろこの静寂を心地よく感じている。


 先に静寂を破ったのは篠崎さんだった。それも特大級の爆弾を投げてくる形で。


「……神谷くんは今まで付き合った人とかっているんですか?」

「……生まれてこの方付き合うどころか誰が好きなのかすらよく分かんなかったな。人としては好きなんだけど異性として好きかと言われればそうじゃない。そんな人しかいなかったな」


 だから実質俺の初恋は篠崎さんってこと。何で篠崎さんを好きになったのかは説明すると長くなるので割愛させてもらう。ただ一番の要因は彼女の優しさであるとだけ言っておこう。その優しさに触れて初めて明確に異性として好きだと自覚した。幸せにしたいって思った。


「……そうなんですか。なら好きな人はいないんですか?」


 ……これって告白すべきなのか?こんな朝っぱらでムードも何も無いこの場面で告白しても良いものなんだろうか。女性ってロマンチックな夜景とかを背景に告白されたいものなんじゃないのか?


 しかしここで答えをはぐらかしてこの後のデートで気まずくなるのも嫌だし……言うか。


「こほんっ……篠崎さん。いきなりだけど伝えたいことがあるんだ」

「えっ?なんですか?」


 歩くのをやめて向かい合う俺たち。周りの人達が何だ何だと立ち止まり、俺たちを囲い見てくる。


「こんな朝っぱらでムードも何も無いけど……篠崎さん。あなたの事が好きです。俺と付き合ってください」


 右手を出して頭を下げる。おお!と周りから声が上がった。

 変な男と思われただろうか。嫌いになっただろうか。ネガティブな想像だけが頭に思い浮かび、背中に嫌な汗が流れる。


 伸ばした右手はいつまで経っても掴まれなかった。やっぱ空気も読めない男だから幻滅されたんだ。ははっ…雅紀になんて言えばいいんだろ。あれだけ自慢げに宣言した俺が馬鹿だった。二次元にハマる準備しなくちゃ……えっ?


 右手を引こうとするとガシッと力強く掴まれた。顔を上げれば顔を真っ赤に染めた篠崎さんが潤んだ瞳で俺を見つめていた。


「嬉しいです……神谷くんが私を好きだったことがたまらなく嬉しいです。朝っぱらで何が悪いんです?ムードが無くて何が悪いんです?私は告白の場面なんかに興味はありません。神谷くんが私を好きでいてくれた。それだけで……それだけが嬉しいんです。お返事いいですか?……こちらこそよろしくお願いします。私と付き合ってください」


 おぉぉぉぉ!!と辺りが歓声に包まれ、拍手の音が朝の駅前に響き渡る。ヒューヒューと口笛の音までもが聞こえてくる。


 篠崎さんは動けないでいた俺に近づくと背伸びをしてキスをしてきた。しっとりしてて柔らかいぷっくりとした唇が俺のかさついた唇と合わさる。

甘い……味なんてしないはずなのに凄い甘い。


「これで今からイチャイチャしながらデート出来ますね。本当は私の方が朝のうちに告白して何としてでも付き合ってもらってそれからデートを楽しもうとしたのですが、神谷くんに告白させることになってしまいましたね。言いづらかったですよね?ごめんなさい……そして絶対に離さないので覚悟してください。ずーっと一緒にいましょうね♡」

「えっ…あっ……」

「なんです?もしかして実感が湧かないんですか?さすがに私も人前でこれ以上キスしたくありませんし移動しましょう。そこで嫌という程実感させてあげますので」

「あっ……」


 篠崎さんに腕を組まれて強制的に歩かされる。モーセの海割りのように進路方向にいた周りの人達が横にずれ、目の前に道ができる。

 そこを歩くと色々な声援が聞こえた。


「幸せにしろよ兄ちゃん!」

「お幸せに〜!」


 暖かい声援に涙が出そうになる。そうか……俺、篠崎さんと付き合えたんだな。

 両想いって分かってても告白ってこんなに緊張するんだ。心臓が痛いくらいバクバクしてる。篠崎さんにも伝わってるかも。


 歩かされてから数分後、篠崎さんが足を止める。立ち止まった先にある建物はレトロな雰囲気の漂う喫茶店だった。人気な店なのか朝なのにかなりの数の人が来店している。


「最初に行くはずだった喫茶店です。ここは篠崎グループが経営してる場所で奥には会員限定の個室が用意されてるんです。そこで神谷くんを閉じ込めて愛を囁いてから私と付き合ってもらおうと予定してたのです」

「そ、そうなんだ……ん?閉じ込める?」

「……?何かおかしいとこでもありました?」


え?俺がおかしいの?


「閉じ込めるって……」

「はい。愛を囁いてる途中で逃げられたら敵いませんからね。指の先くらいしか動けなくする予定でした」


 今彼女は平然とヤバい事を言っているのだが自覚はあるのだろうか。要は俺を個室に監禁しようとしていたということだろう。

 しかし驚いている反面、嬉しさもあった。彼女がそこまでして俺と付き合おうとしてくれた事をとても嬉しいと感じている。


「でも、もう付き合ったのでここに来る予定が無くなりました。ということでこれからお礼デート兼恋人デートをしに行きましょう。まずはランジェリーショップです。初夜用など沢山買うものがありますからね。あっ、お金の心配は要りません。全てこれで払うので」


 篠崎さんが財布の中からブラックカードを指で挟んで取り出し、俺に見せてくれた。

は、初めて見た。さすが篠崎グループの御令嬢だ…。

 彼女の家が如何に凄いか再認識させられる。それと同時にふと思ったことがあった。


「……篠崎さんって婚約者みたいなのいないの?なんか政略結婚って言ったら聞こえが悪いけど」

「いませんよ。お父様が言うには娘の将来を利用してまで他の企業を取り込むほど篠崎グループは小さくないとの事です。なので神谷くんと結婚しても大丈夫です。仮にいたとしてもお父様とお母様を説得するので……神谷くんとの幸せを邪魔する人は誰であろうと許しませんから」


 篠崎さんの有無を言わせない表情に思わず背筋がゾクッとする。篠崎さんってもしかしてヤンデレってやつなのか?本人も無自覚っぽさそうだしそうなのかも。


「……ってそれよりランジェリー!?俺も行くの!?」

「はい。これからは神谷くんが選んでくれた下着しか着用しませんので最低でも20は選んでくださいね」

「20!?」

「さすがに数着だけだと神谷くんも見飽きてしまうと思うので。最低20なだけで何着でも選んでいいですからね?」

「いや…でも……」

「でもじゃありません……はい。これで逃げれませんよ」


 また篠崎さんに腕を組まれ歩かされる。心做しか先程よりも強く腕を組まされている。篠崎さんの程よい大きさの双丘が俺の腕で柔らかく形を変える。


「心配しなくて大丈夫ですよ。さっ行きましょう。今日は貸切にしてもらっているので周りの目なんて気にせず神谷くんが私に着せたい下着を選んでください。透けブラでもTバックでも何でもいいですよ」

「っ!」


 篠崎さんの透けブラTバック……めっちゃ見たい。普段から大人びた印象のある彼女がセクシーな下着を着けている姿が簡単に想像出来てしまう。……迫られたい。


「ふふっ♪神谷くんも男性ですもんね。やっぱりそういうのには興味があるんですか?」

「……篠崎さんだから興味があるんだよ///」


 自分で言ってて恥ずかしくなる。キザっぽい発言って思われたかな。しかしそんなことはなく篠崎さんは嬉しそうに俯いた。


「嬉しいです///私だから……んふふ♡なんて甘美な響きなんでしょうか♡私を特別だと、そう思ってくれてるんですね♡……好き♡神谷くんのそういうとこすごい好きです♡」

「そ、そう?ありがとう篠崎さん。俺も俺のことが好きな篠崎さんのこと好きだよ」

「〜〜っ♡好きぃ♡」


 ギューっと顔まで俺の腕に押し付ける篠崎さん。空いている右手でぎこちなく頭を撫でれば、篠崎さんは頭を少し上げてもっと撫でろと催促してくる。


 かれこれ10分ほど撫でると篠崎さんはやっと顔を上げて満足気な表情で目的地へと向かい始めた。


 数分後、ようやく目的地のランジェリーショップに着いた。見るからに高い物しか売ってなさそうな場所だ。一般人のしかも男の俺が入る場所では断じてない。

 しかし篠崎さんは慣れたように中に入る。視界一面に広がる下着の数々。出て行きたい……。入口で待っていると奥から女性店員が一人現れた。胸に付いてるプレートを見る限り、どうやら店長のようだ。


「お待ちしておりました篠崎様。本日はご来店誠にありがとうございます。どうぞごゆっくりお選びください」

「はい。それじゃあ神谷くん。早速選んでください」

「うっ……わ、分かった」


 俺は篠崎さんの下着を選ぶために奥へと進んだ……否、進まざるを得なかった。

だっていつの間にか後ろから指の関節決められてたんだから。耳元で逃げたら指の関節折った上に拘束して目の前で1着ずつ着て反応を確認していくって言われたんだぞ。

そんなの従うしかないじゃないか……


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

ということで二人が付き合いました。これからは二人のイチャつく姿をお送りしていきます。

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