第3話

「あっ……また置いてあります」


 誰もいなくなった教室にこっそりと戻ると神谷くんのコートが昨日に引き続きまた椅子に掛かっていました。神谷くんは忘れん坊なのでしょうか。でもそんなおっちょこちょいな所も愛らしいです。


 この時点で既に察せていると思いますが私、篠崎紅愛は神谷くんのことが大大大好きです。あの一見細そうに見えて実は筋肉質で逞しい体、優しさを帯びた目付き…そして私に多少の下心を持ちながらも他の男と違い、それを前面に出さないように努力してくれている高貴な心……彼の全てが好きです。きっと彼と付き合えれば毎日が幸せでしょう。他の男は私を見る度に卑猥な視線しか向けてきません。不愉快極まりないです。でも神谷くんはそんな視線を一切向けてきませんでした。自分を律することが出来るなんて本当に素敵です。


 神谷くんの席に座り、コートを羽織る。

 大きくて神谷くんの匂いが付いているこれを羽織るとまるで神谷くん自身にハグされている感じがして最高の気分になります。まるで合法ドラッグみたいですね。


「すんすん……ふぅ♡服だけでこんなに私をおかしくさせるんですもの……神谷くんの罪は大きいです。これは私と結婚して生涯を共に過ごすことで清算しなければなりませんね」


 最近はついつい神谷くんと付き合う妄想をしてしまいがちです。妄想の中の私は神谷くんにしがみついて離れようとしません。何やってるんですか私。神谷くんはそんな私を見て優しく抱きしめてくれます。紳士で素敵です。抱いて欲しいです。


 しかし現実はただのクラスメイト。妄想の中の関係になるためにはどちらかが告白しなければなりません。そして神谷くんからの好意が分からない以上私からするしかありません。


「……やはり告白するべきなのでしょうか。でも神谷くんに迷惑でしょうか……あぁもう!考えれば考えるほどネガティブになってしまいます!すぅぅ……はぁ……よし。とりあえず連絡先の交換からしましょう。それでお礼という名目でデートに誘って告白…その後本当のデートをスタート……これで行きましょう」


 私はメモ帳を1枚ちぎり、電話番号とLINEのIDを書き記す。それを神谷くんのコートのポケットに入れる。ガムも入ってあるので多分気付くでしょう。


 一仕事終えた私は写真のフォルダを開く。そこには私の撮ったお気に入りの神谷くんがたくさん入っています。

 特にお気に入りなのは最近撮った寝顔です。こちらは一昨日の二限の自習で寝てしまった神谷くんです。こっちを向いて寝てたので思わず隠し撮りしちゃいました。もう可愛すぎて堪りません。指先で神谷くんの輪郭をなぞる。シュッとしててかっこいいです。格好可愛いです。


「んふふっ♪絶対に幸せになりましょうね神谷くん♡」




〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


 翌日……


「……眠い。確かガムがあった気が……ん?」


 コートから眠気覚ましのガムを取り出そうとすると、ポケットには入れた覚えのない紙も一緒に入っていた。


 手に取ってみると、身に覚えのない電話番号と何かのIDらしきものが書かれていた。

 掛けてみるべきか……


 恐怖で震える指で番号を入力していく。しばらくコールが続くがちゃんと繋がった。


「も、もしもし。どちら様でございますか?」

「その声は神谷くんですね!掛けてくださったのですか!良かった〜」


 すると、スマホから篠崎さんの声が聞こえてきた。


「し、篠崎さん!?何で!?」


おかげで眠気が吹っ飛んでしまった。


「神谷くんのコートに入れたメモ紙見ましたよね?あれ私の電話番号とLINEのIDです。今度の休日にコートを貸してくださったお礼がしたいので連絡を取り合うために必要かと思いまして」

「あ、あぁ……そういうこと。分かったよ。ありがと。切るね」

「はい。ちゃんと入れてくださいね?」

「分かってるよ。じゃまた学校で」

「はい。それではまた」


 電話を切り、メモ紙をもう一度見つめる。

 夢じゃない……よな?


「よっしゃあああ!!篠崎さんの連絡先ゲットォォ!」


 早速LINEの友達に追加する。猫のアイコンなのか。可愛いなぁ。それにしても最近は何かと運が良い。 きっと神様が今までの俺を見て褒美をくれているに違いない。ありがとう神様!篠崎さんと家族の次くらいに愛してる!

しかもさりげなくデートの約束までしてるし。

 これは告白のチャンスなのでは?


 スマホが震え、通知が来たことを知らせてくれる。


『ありがとうございます。これからもよろしくお願いします。早速なんですが今度の休日のどちらか空いておりませんか?』


 お誘い来た!これは行ける!えっと予定……無し!土日両方とも空いてるぞ。


『どっちも空いてるけどどっちがいい?』

『じゃあ土曜日でお願いします。時間は9時でどうでしょう。待ち合わせは駅前の銅像の所で』

『いいよ。銅像に9時だね。分かった』

『楽しみにしててくださいね』

『うん』


悪いな篠崎さんと付き合えなかった男子諸君よ。

 スマホを持って喜んでると後ろから雅紀に挨拶をされる。


「よっす。何だか機嫌がいいな。何かいい事でもあったのか?」

「雅紀……すまないな。俺は二次元にハマることは出来なそうだ」


 やっべー服何着てこう。篠崎さんの事だから昔から着てた服の方が匂いも付いてて近づいてくれるかな。いや、流行りの服の方が印象良い気がする。どっちにしよう……


「そうか。ってことは篠崎さんと何かあったんだな。おめでとさん」

「ありがとよ雅紀、来週篠崎さんのこと紹介するよ」

「いや紹介て……気が早いな。そんなに自信あんのかよ」

「あぁ!自信しかない!」

「そうか……それならお前も来週からは彼氏として面子を保たなくちゃならねぇな。身だしなみくらいなら俺が教えてやっても構わないぞ」

「頼む!」


 雅紀の両親はファッションコーディネーターでありその血を継いでいる雅紀はファッションセンスがとんでもなく高い。雅紀に任せれば大丈夫だろう。


「さてと……今日はイメージ固めるためにも髪だけ整えるか。こっち向いて座ってくれ」


 ポケットから折りたたみの櫛とワックスを取り出す雅紀。本人が髪を整えてるからそのためにあるのだろう。かなり用意がいい。


 まだ教室には人がおらず、髪を梳く音だけが聞こえてくる。雅紀が真剣な顔をするのでこちらまで緊張してしまう。


「緊張なんかしてんなよ。リラックスしてろリラックス。ほら笑え」

「いやお前が真剣だからこっちまで真剣になっちまうんだよ」

「そりゃ悪い。でも親友の為に手は抜けねぇからな。理解してくれ」

「分かってるよ」


 それからしばらくして雅紀は満足そうに頷いた。どうやら納得する出来にはなったらしい。


「今日はそれで過ごしてみ。お前が羨むイケメンの気持ち……味わってみろ」

「守っちおはよー…え!誰そのイケメン!転入生!?」


 そう言って元気に入ってきたのはクラスの女子の……確か佐藤さん。ちょっとだけギャルっぽくて苦手なんだよなぁ。


「違うよ。俺は神谷だよ。神谷蒼太」

「えぇぇ!?神っちこんなにイケメンだったの!やば!ね、ねぇ写真撮っていい?」

「えっ?あ、うん。い、いいけど」


 許可を出した瞬間、連写の音が鳴り響く。撮りすぎてて若干引くレベルだ。

写真を撮り終わった佐藤さんは満面の笑みでスマホに頬ずりする。


「まじヤバ!かっこいいよ神っち!」

「あ、ありがとう」


 佐藤さんはそれから教室を出ていった。と思ったらクラスメイトを数人引き連れて戻ってきた。皆俺の姿を見て驚いている。


 それからわらわらと群がって一斉に話しかけてきた。その中にはさりげなく体を触ってくる奴もいて気持ち悪かった。雅紀も最初の頃はこんなだったんだな……同情する。


 俺は結局朝礼までの間、質問攻めにあってしまった。


 こんな体験もうコリゴリだな……。

 篠崎さんの姿もチラッと見えたけどかっこいいって思ってくれていたかな?だったら嬉しいな


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

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