恋愛質屋

西東友一

第1話

「・・・っ、ひぐっ」


 私の涙は止まらない。


 なぜって?


 2時間前に智也君に告白してフラれたのだ。


『お前のことをそう目で見れない』


 そう、彼は言った。

 長い間秘めていた私の初恋は終わってしまった。

 けれど、私の恋心は『失恋』という形で未だに続いている。


「つらいよ・・・死んじゃいたい・・・」


 しかし、私は立ち直らなければならない。

 私はスマホで『失恋 立ち直り方』と調べる。

 そして、検索結果を適当に下へスクロールしていくと、


『失恋質屋』


 なぜか、その言葉に惹かれた私はそのサイトを選ぶ。

 黒を基調としたサイトはどこかオカルトっぽかったけれど、私はサイトに書かれている文章を読む。


 少しわかりずらいところもあったが、要約すると、催眠療法で悲しい気持ちを取り除いてくれて、さらに謝礼をくれるらしい。ただ、その話の権利はその質屋のものになり、思い出させるには謝礼以上のお金を払わないと元に戻してもらえないらしい。


「・・・」

 

 サイトの下の方までスクロールすると住所が書かれており、私の家から歩いて10分くらいで行けるところだった。営業時間も深夜の0時までやっている。

 私は時計を見ると、時間は22時10分。


 本来ならば女子高生の私が出かけるような時間ではない。

 それにこのサイトもいかがわしい。

 けれど、私はこの胸いっぱいの辛い気持ちのせいか、外着に着替えていた。


 外に出れば、気持ちが和らぐ。

 もし怪しそうなら帰ればいい。

 春の風も夜は冷たかった。


 私はその店を目指した。


 ◇◇

「着いた・・・」


 雑貨屋さんのような外観。

 オシャレなステンドグラスモザイクは赤や黄色、青など淡い光を生み出している。

 私は入り口のドアを開けると、低めのベルが鳴る。


「いらっしゃい」


 店員さんは綺麗な女性で私はホッとする。

 内装もやはり雑貨屋さんのようだが、夜の雑貨屋さんは初めてで幻想的な光が私を優しく包んでくれる。アロマのろうそくもついており、心が少し落ち着く。

 私は会釈をして、カウンターに近づく。


「あの、すいません。失恋を・・・その・・・」


「あぁ、失恋を売ってくださるのね、じゃあこれにサインして」


(あれっ、今)


 私が瞬きをすると、何もなかったはずのカウンターにパピルス紙と羽ペンがあった。

 不思議に思って彼女を見るがにこっと笑顔を向けているだけだ。


 私は疑心暗鬼になりながらも、文章を読むと「魔法」なんて言葉が書かれている。


「これ、どういうことですか・・・魔法って」


「失恋を愛の悪魔に捧げることで、財宝を授かるのよ」


 やっぱり、帰ろう。

 きっと、弱った私を宗教の信者にするつもりだ。

 この人は。


「失礼します・・・」


「あら、そう・・・残念。だけど、あなた・・・大分片思いしてたみたいね・・・あなたの心、大分傷ついているわ・・・その「失恋」を1000万円払うわ」


 私は立ち去ろうと入り口に向かっていたが、彼女の「1000万円」という言葉にびっくりして振り返ると、彼女は穏やかな微笑みで私を見ている。


「その様子だと・・・初恋でしょ、貴女。その痛みだとあなた1週間ぐらいで自殺してしまいそうだけれど・・・そうね、自殺したいと思ったらまた来なさい。そこまで膨れ上がれば、「3000万」くらいするかもね」


「失礼します」


「はーい、またのご来店を」


 ◇◇

「あらっ、いらっしゃい」


「こんばんは・・・っ」


 私は来てしまった、またこの店に。


「あらあら、目の隈がこんなになって、可愛い顔が台無しよ?」


「失恋を買い取ってください」


 ほとんど寝れない。

 学校に行っても辛い。

 死んでもいい。


 自暴自棄な私は最後にこの店に来た。


「いいのね・・・?」


 カランコロン


 低いベルの音が入り口で鳴る。


「私の失恋を返して・・・。やっぱり私の大事な思い出だから・・・」


 20代後半の女性がスーツ姿でやってきた。

 髪を束ね、クールビューティーという感じだった。


「はーいっ、じゃあ、30万円ね」


「はぁ!!?私は5千円で売ったのになんでそんなにするのよ?」


「と言われても、悪魔からすればそれぐらいの価値なんですもの」


 睨む客の女性とほほ笑む店員の女性。


「わかったわ・・・一括で」


 女性がカードを出す。


「はい」


 店員が詠唱を唱える。

 すると、客の女性が急に泣き出し、自分を抱きしめる。


「あっ、あっ、あーーーーーーっ」


「大丈夫ですか」


 私は心配になって彼女に声をかける。


「・・・辛い、辛い・・・っ、けど、私の大切な恋・・・うぅぅっ」


 全く、クールビューティーの欠片もなく、涙と鼻水で汚い顔をしていた。

 けれど、彼女の顔は人間らしく、悲しそうでとても幸せそうだった。


「ありがとう・・・」


「いえいえ、ただうちは儲けさせてもらっただけですので」


 女性はお礼を言って帰ろうとするが、私の顔を見る。


「私は手放して後悔したわ・・・じゃっ」


 そう言って、客の女性は立ち去った。


「すいません」


「何かしら」


「鏡ってありますか?」


「あそこよ」


 私は鏡の前に立つ。


「へへへっ」


 不細工な私の顔があった。

 けれど、先ほどの女性に負けないくらい恋を謳歌している顔だった。


 


 




 

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