第40話 ユニとマイン
『ズズズ……』
ユニが『な~が屋』テラス席でお茶をすすっている。
ペストマスクに湯呑み茶碗って、はっきり言ってすごく不気味だ。
……お前何してんだ?
『というかお前お忍びで来いって言っただろ……』
そんな俺の心の叫びも届かずユニはどこ吹く風だ。
当然ながら、魔法術協会会長の正装?で来ているため『な~が屋』テラスの前は人だかりができ、騒々しくなっている。
俺たちが天界山から『な~が屋』に戻る少し前にユニは来たらしい。
戻ってきた俺たちは、いつもの光精霊を使い人間に偽装し、ユニが見えるところまで来ていた。
ティエラは久しぶりにフィアと会い、ティエラハウスで休んでいる。
「何なのあいつら!?」
リーファが警戒心をあらわにしている。
会ってからのお楽しみということで、リーファにもユニのことは話していない。
ペストマスク姿のユニの周りには、マスク姿の護衛が4人もいた。
護衛たちは動物を模ったドミノマスクのようだ。
口から下が生身なので護衛が男女2人ずつなのが分かる。
な~が屋テラス席は彼らのせいで、異様な雰囲気に包まれ他には誰も座らなかった。
『いやいや、営業妨害だからお前ら帰れ』
俺は心からそう願った。
◆◇◆◇◆
「おっ!おめえも来てたのか?」
いつの間にか冒険者オヤジが俺の横で鼻息を荒くしている。
「なんだオヤジも来てたのか。テラス席ガラガラだぞ、座らないのか?」
俺はオヤジの姿『スペル・マスター完全再現コスプレ』を完全スルーして話す。
「な!?お前なんて恐れ多いこと言うんだ!そんな冒険できるわけねえだろ!」
いやいや、お前冒険者だろ。
などと俺たちが話す姿がやかましかったのか、俺の方を見るユニ。
あ……バレた。
光精霊で偽装しているが全盛期に戻っているユニにはバレてる。
『カチャリ……ギシッ……』
ユニのガントレットの爪がテーブルとぶつかり音を立てる。
そしてゆっくりと杖をついて立ち上がる。
はっきり言って動作のひとつひとつが怖い。
『ズズッ……ズズッ……』
立ち上がったユニはゆっくりとこちらへ歩き出した……。
いちいち動きが怖いんだよ。
「そこでお止まりください」
そう言いながらユニに立ちふさがったのは……。
……マインだった。
俺と同じく人間に偽装したマインは、隙のない動きでユニを牽制する。
『うわぁ……最悪の再会だこれ……』
頭を抱える俺をよそにマインはユニと対峙する。
「あなたは何者です?この北部地区での狼藉はゆるしませんよ……番頭さん!」
マインがそう叫ぶと、な~が屋2階から何かが投げられた!
『スチャッ!』
マインは慣れた動作で『スペル・マスターコレクション第1弾ドミノマスク』を装着する。
2階からマスクを投げたのは『マイン神』の法被(はっぴ)を着た番頭だった。
それにしてもマイン……お前まで買ってたのか。
「さて、お帰りいただけますでしょうか?……アデュー」
俺になりきりアデューポーズを決めるマイン。
しばし睨み合う仮面と仮面の2人。
お前ら姉妹なんだぞ……。
「おおおっ!!!」
ここまでくると周囲の群衆も『やんややんや』と騒ぎ出す。
……仕方がない、ここは冒険者オヤジに犠牲になってもらおう。
『ポイッ!』
「な!?……おわぁ!!!」
2人の対峙を食い入るように見る冒険者オヤジを、俺は風精霊で近くの民家の屋根まで飛ばし、すぐさま叫ぶ!
「あ!あんなところに本物の『スペル・マスター』が!!!?」
俺の叫び声に皆が見た方向には、屋根にしがみ付くスペル・マスター(オヤジ)が!
もうこうなると騒動は最高潮になり、群衆は大騒ぎしだした。
『オヤジ……お前の犠牲は忘れない』
俺は独りごちながら、この騒ぎに乗じてユニ、マイン、リーファをブラックホールに収納し、一気にマインハウスへと光移動した。
移動する瞬間、護衛の4人の耳元に囁いておく。
「会長を少し借りるぞ」
◆◇◆◇◆
「まさか伯母さんが生きていたなんてね……」
リ、リーファ……その呼び方ちょっと傷つくかも。
『ユニさん』だ。
2人をマインハウスの寝室に押し込んだ俺は、リーファとお茶をしながら待つ。
もう光精霊偽装は解除したのであとは時間が解決するだろう。
「アーツ、2人だけで大丈夫なの?」
「姉妹だろ?安心だよ」
◆◇◆◇◆
……全然大丈夫じゃなかった。
「アーツ様!大変です!」
寝室から飛び出してきたマイン。
「なんだ!?」
何かあったのか!?
「お姉さまが!!!」
「ユニが?」
「男性経験がないんです!!!!!」
……おい。
「ですからすぐこちらへ!」
固まってる俺を引っ張り、部屋へ連れ込むマイン。
リーファはテーブルに突っ伏していた……その気持ち分かるぞ。
◆◇◆◇◆
寝室に2人きりにされる俺とユニ。
ユニはベッドの上にチョコンを座っている。
……その緊張するしぐさは可愛らしいのだが……。
「なぜペストマスクを被ったままなんだ?」
下着姿に顔だけマスク……はっきり言って怖すぎる。
「だ、だって、は、恥ずかしくて♡」
君は恥ずかしいだろうが俺は怖い。
「ユニ、エルフも無事だ。君を縛る重荷はもうない……自由に恋していいんだぞ」
「わ、わたしはアーツ様がいい」
ユニは俺をじっと見つめたまま告白してくる。
「その前に……マスクを取るぞ?」
ごめん……せっかくの良いシーンなのに台無しにしてるのは……君だ。
そう言いながら俺がユニのペストマスクを外すと、ユニは恥ずかしがって背中を向けた。
「その背中の傷……消さなくていいのか?」
ユニの背中に薄っすらと残った、ななめに走る長い傷跡。
「はい、これは私の生きた証。そしてアーツ様と出会えた証。こんな私ですがもらってもらえますか?」
そう言いながら振り向くユニの顔に、俺は釘づけになる。
懸命に生きぬき耐えてきた彼女は解き放たれ、輝くような美しさだった。
そんなユニに、俺は吸い込まれるように覆いかぶさっていった……。
ユニは……マインと同じでめちゃめちゃ柔らかかった。
柔らかい肉体と柔軟な身体に包まれた俺は……ユニに飲み込まれていくのであった。
……合掌。
◆◇◆◇◆
「コホン……ズズズ……」
俺はリーファが淹れてくれた熱いお茶をすする。
「で、けっきょくこうなっちゃうわけね」
リーファがジト目で見てくる。
うっ……言い返せない。
ユニとマインは隣で女学生のように楽しくお喋りしている。
その姿を見て思う……本当に良かったなと。
これで残る問題は精霊界だけ……か。
俺がひとりそんな事を考えていると……ふいに感じる視線。
……ユニだった。
お喋りしていたはずのユニは、目を細め哀しげな視線を一瞬俺に向けたかと思うと、すぐにマインとのお喋りに戻っていった。
「どうかしたの?」
会話が途切れ、聞いてくるリーファ。
「いや、何でもない」
一瞬のことだったので俺もすぐに忘れ、リーファとの会話に戻った。
そうして久しぶりの姉妹団らんの時間を過ごしたあと俺たちは『な~が屋』に戻り、ユニは魔法術協会へと帰っていった。
◆◇◆◇◆
「おおおっ!!!」
今日も『な~が屋』テラス席はどよめいている。
「で、今日は何で争ってるんだ?」
な~が屋2階から眺める俺は、隣のリーファに聞く。
「本っ当にどうでもいい事なんだけど、ユニ伯母さんの『スペル・マスタードミノマスク』のシリアルナンバーが『00』だから、お母さんが自分のと換えて欲しいって」
……もうそれ本っ当にどうでもいい事だな!
ペストマスクのユニとドミノマスクのマインが対峙している。
すっかり見慣れた状況にテラス席の客たちは歓声を上げた。
いっそテラスに舞台でも作るか……。
これがこの異世界でのちに『芝居』として確立していくのであるが……。
俺はそんな賑わいを感じながら空を見る。
空には三日月が美しく輝いていた。
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