第39話 帰還
「ついに魔法術協会会長が動いたらしいぜ!!!」
俺の隣で冒険者オヤジがまた唾を飛ばす。
「しかもあの『スペル・マスター様』とも懇意にしていたらしい。さすが会長!大物は違うぜ!!!」
いや、お前は冒険者だろう?魔法術士ばかりに注目してどうする。
そんな俺の心配を気にせず話し続ける冒険者オヤジ。
「『砂嵐作戦』や火山国家での事件、通称『ボルカン事変』でも姿を見せなかった会長がついに動いたんだ!そりゃ興奮もするぜ!しかも今回の事件だが、なんとここ北部地区のエルフ失踪事件の解決に乗り出したらしい!」
それを聞いた俺はしめしめと頷き、冒険者オヤジの話の先を促した。
◆◇◆◇◆
ユニが救出部隊を引き連れてミズラフ大森林に向かってからもう1か月が経つ。
ユニは発つ前にいろいろ仕込んでおいたんだろう。
知恵と組織力を使ったユニの根回しはさすがだ!
現在の中央都市ミドルーンでは様々な情報が飛び交っている。
俺は『な~が屋』テラス席で冒険者オヤジと酒を酌み交わしていた。
完全に常連だな……オヤジ。
「魔法術士がエルフのために動く!これまでは水と油のような間柄だった関係に革命が起きる!ビッグウェーブが来るぜ!!!」
オヤジ、もう冒険者は辞めて記者をやれば?俺は購読するぞ。
「それで、オヤジは会長の姿を見たのか?」
大事なことなので、念のために確認をしておく。
「おお!もちろん出発日にな!真っ先に拝みに行ったぜ!神秘の魔法術士らしい謎めいたお姿だったぜぇ……そして会長の仮面はスペル・マスター様と同じような意匠が施されていた……お二人が懇意である証だぜ!」
俺はユニの出発の前に、いくつか装備を渡しておいた。
先ずは仮面、ユニがエルフであることは秘匿中の秘匿だ。
そこで正体不明になるようにフルフェイスの仮面を用意した。
俺のマスクと同じ煌めく素材だが、デザインを『ペストマスク』にしたので恐ろしい姿になっている。
それに加えてガントレットと杖も渡してある。
ガントレットは爪付きで、杖には火の精霊玉を大量に付与してある。
これでユニは誰に見られても正体がバレない。
しかも恐ろしさマシマシで、正直子供が見たら泣く自信まである。
あとこれはユニにも内緒なんだが、実はフィアを護衛につけている。
ミズラフ大森林を進むユニたちに気づかれず、野生動物のように影から寄り添うフィア。
いざとなればフィアがユニの杖から火精霊術を使うだろう。
おそらくフィアなら精霊術を使うまでもなく身体能力で圧倒するだろうが……。
これはユニの護衛だけでなく、フィアの生活能力向上の練習も兼ねている。
フィアもユニたちの団体活動を見ながらいろいろ学んで欲しいと思う。
……などと俺がしばらく思考に浸っていると。
「……おい!聞いてんのか!?お前!」
……あ、ごめん聞いてなかった……って!?
「な!?オヤジ!?な、なんだその顔は!!!?」
「へへへ、ついに手に入れたぜーーー!!!スペル・マスター様のマスク!3日前から並んでやっと手に入れたぜ!!!……アデュー!」
冒険者オヤジは加齢に……もとい華麗にアデューポーズを決める!
ごめん、それやめてもらっていいですか?
「ど、どうしたんだオヤジそれ?」
と聞く俺の顔はたぶん引きつっている。
「お前何もしらないんだなぁ!もぐりな奴だ……これはなぁ!魔法術協会……会長が独占販売している『スペル・マスターコレクション』のひとつだ!あとマントが欲しいんだが手に入らなかった……ちっ」
いいからそれ外せオヤジ……サイズが合わずにめり込んでるぞ。
「ほら、ここを見てみろ!」
マスクを外して裏面を見せてくるオヤジ。
「ん?『会長謹製0006』これって……もしかして」
「おう!商業ギルドお墨付きの製作者刻印だぜ!」
いわゆるシリアルナンバーらしい。
改めて手に取ると、俺の仮面よりはさすがに劣るが充分に美しい。
確かに『スペル・マスター』の仮面だった。
「会長は商業ギルドも巻き込んでの独占販売をしている。しかも特許を得たばかりでなく、これから様々なグッズを開発していくらしいぜ!うはぁ!楽しみだこれ!」
落ち着けオヤジ……というか冒険に行け。
「くっ……負けた」
ユニにビジネスで先を行かれた感が凄い……悔しい。
ヤバい……元経営者の血が騒ぎ出しそうだ……。
でも冒険者オヤジの嬉しそうな顔を見ていると、ユニの商才に俺も嬉しくなる。
さすがだな!ユニ。
◆◇◆◇◆
そして更に1か月が経ち、冒険者オヤジが手に入れたマントを俺に自慢してみせた日の午後、ユニたちの部隊が大勢のエルフを引き連れて北部地区に無事帰還した。
俺と冒険者オヤジは、昼飲みで酔っぱらいながらも、街道からユニの凱旋を見守った。
オヤジは俺の隣でスペル・マスターコスプレを完全再現している(本人談)
ん?俺が良いご身分だって?
ユニたちがミズラフ大森林に行っている間、俺は何ものんびり過ごしていたわけではない。
現に凱旋を終え、北部地区に帰還した多くのエルフたちは『俺が事前に用意した住居』に入居を始めている。
北部地区は、無気力地区になっていたころ、無人の街になっていたわけではなく、いろんな種族ではみ出された弱者の逃げ込む街にもなっていた。
エルフが帰ってきたからといって彼らを追い出すわけにはいかない。
北部地区では皆が共存していかなければならない。
帰りの道中で、ユニが上手く説明してくれたのだろう。
エルフたちは特に大きな問題もなく、新しく生まれ変わりつつある北部地区への帰還を果たした。
その他には『な~が屋』の多角化などいろいろと忙しく動く日々を過ごしていたのだ。
俺は恐ろしいペストマスク姿の魔法術協会会長が、塔へと消えて行くのを見送った。
あ、やっぱり街道で遊ぶ子供たちが姿を見て泣いてる……。
さて、ユニも無事に帰ってきたし、そろそろマインたちも迎えに行かないとな。
◆◇◆◇◆
北方ベルグ地方の最高峰『天界山』……ここでマインたちは修行している。
本人たちが希望したからだ。
どうやら今回のエルフ救出に俺だけで特攻したのが心配だったらしい。
フィアはユニを護衛しながら団体行動や生活力の学びをしてもらっている。
触発されたマインたちも修業がしたいということだったので、天界山に連れてった。
天界山を選んだ理由がもうひとつある。
精霊界への入口の調査だ。
ユニたちは、けっきょく入口の詳細な場所を見つけられなかった。
そして俺であるが、意外なところからの情報で見つけることができた。
情報源は『天空の監視者セイル』本人である。
セイルに精霊界の入口のことを聞いてみたら、むくりと身体を起こし上空へと舞い上がった。
そして顔で『フン!フン!』と火口湖を指さしたのだ。
そのあと夜空を飛び、三日月の近くで『丸』を描くように飛び続けた。
「ん?月が丸く?……満月ってことか?」
『フン!フン!』と頷くセイル。
「満月の夜に火口湖から入る……か」
そういえば俺がこの異世界に来た日も綺麗な満月だったな。
◆◇◆◇◆
『キン!!!……ザシューーーッ!!!……ドカーーーン!!!』
お、皆戦ってるな。
よし、かなり戦いにも余裕ができている。
「あっ!アーツ様だ!アーツ様―――!♡」
マインが空に浮かぶ俺を見つけ手を振る。
相変わらずどんな状況でも天然マイペースなマインだ。
「お待たせ。修業は順調だな」
他の2人がまだ戦っているのを見た俺は、マインに話を続ける。
「マイン、そろそろ北部地区に帰ろうと思うんだが、君に会わせたい人がいる」
「アーツ様のご両親ですか?♡」
「んな訳ないだろ。まあ帰ったときのお楽しみにしておいてくれ」
「はい♡」
マインなら大丈夫だろう。
俺はそう思い、細かい説明は省いた。
『ズシーーーーーン!!!』
大型の上位種モンスターがティエラとリーファに倒されたようだ。
俺を見て笑顔でこちらに駆けてくる。
◆◇◆◇◆
皆をブラックホールに回収した俺は空を駆ける。
ユニの待つ中央都市ミドルーンに向けて。
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