第38話 天界山

俺はひとり上空を進みながら、北方のベルグ地方を目指していた。

今回の救出作戦は俺ひとりでの特攻である。


中央都市ミドルーンでも北部地区だけは、外に面した門がないためだ。

これは、エルフが排他的であることと、北部地区より以北のベルグ地方が、人の住む環境に適さないことに起因している。


あとは、ユニの事もある。

ユニはずっと過去からの重荷を背負い続けている。

エルフたちが無事に救出することで、重荷は解消されるだろう。

ユニとマインの顔合わせは、それからにしようと思ったからだ。


そんなことを考えながら俺は新しい精霊の効果を確認する。

現在飛行している精霊術は新しい精霊力によるものだ。


ティエラとフィナから生れ出た新しい精霊力は『闇精霊』だった。

マインとリーファの光精霊とはちょうど対になる闇だ。


闇精霊の力を以ってイメージした精霊術も凄まじいものだった。

まずは『重力操作』の精霊術、今はこれを使い飛行している。

風精霊よりも自由自在で早く飛べ、光精霊ほど早すぎず索敵しながら飛べる。

今後は飛行の主力になりそうだ。

あと『重力操作』には、それ以上に恐ろしい力がある。


『ズブズブズブ!!!』

巨大な鴨のようなモンスターが地面にめり込んで絶命する。

上空を飛んでいた俺に向かって牙をむいて襲ってきたため、重力操作でそのまま地面まで押し付けたからだ。

重力操作……これはかなり万能な精霊術だな……というかヤバい能力だ。


俺は止めを刺した巨大鴨に対し、これまた新しい闇精霊術を行使する。


『ヒュン!』

今までここに横たわっていた、鴨の巨体がパッと消えた。

これも新たな精霊術『ブラックホール』だ。

精霊術で闇の空間を開き、なんでも片づけておくことができる。

自分も入れるし、生き物の出し入れも自由自在だ。

インベントリ機能もついている。

……まあ慣れるまでに数匹のモンスターが闇に消えてしまったが。

これも慎重に行使しないと恐ろしい精霊術だ。


そうこうするうちに、俺は天界山の麓に到着した。


この北方ベルグ地方の環境は、ユニから聞いていた以上に過酷な環境だった。

時間が経つにつれ、どんどん過酷さが増しているのだろう。

『天空の監視者セイル』の影響が増大しているのか、天界山の麓にまで猛吹雪が吹き荒れ、人を寄せ付けない世界が広がっている。


だがまあ俺には関係ない。

以前の『大地の担ぎ手ラウド』の時と同じように躾けるだけだ。


俺は重力操作で吹雪を押し返し、ぐいぐい加速しながら上を目指す。


天界山は独立峰のため頂上はひとつ、マッターホルンのように尖っている。

ただしその標高は10000メートルを優に超える。


猛吹雪を押し返し、何頭かの上位種モンスターを狩りながら進んでいると、ある地点越えてから急に吹雪も止み、モンスターも出なくなる。

まるで森林限界みたいだな……。


「ふむ」


吹雪も無くなったのでそこからは上空へと飛び、空から探索することにする。


「なるほど」


空から見るとよく分かる。

ちょうど森林限界のあたりから、ぐるっと山頂を取り囲むように巨大な亀裂が走っている。

俺は目に4P精霊を宿らせ確信する。


「おい、いつまで隠れてるつもりだ?」


『メキメキメキメキメキ!!!……バリバリバリバリバリ!!!!!』

俺の言葉に呼応するように亀裂が音を立てて割れ、引き剝がされていく。


『バサァッ!!!バサァァァッ!!!!!』

とてつもない大きさで切り取られた天界山の山頂が、空に飛び立つ!!!

そして広大な翼が空を覆い隠す!

デカい!!!ラウドより大きいぞこれ!!!


はたして、セイルであった。

『天空の監視者セイル』は天界山山頂と同化したドラゴンだったのだ。


そしてその巨大なセイルが飛び立ったあとには、これまた巨大な火口湖がその下から姿を現した。


「ここにいたのか……」

俺は火口湖の水中に氷漬けになったエルフ部隊の姿を確認した。


ミズラフ大森林と北部地区の合同部隊か……合わせてざっと数千人はいるな。

これだけの大部隊でもセイルには全く歯が立たないだろう。


ユニの夢精霊術で命は繋ぎとめたものの、セイルにより火口湖に閉じ込められたのだろう。


『ガアアアアア!!!……ゴォーーーーー!!!』

セイルは咆哮をあげ、火口湖を確認していた俺に向かって問答無用にブリザードブレスをぶっ放してくる!


俺は落ち着いて『ブラックホール』を発動し、全て飲み込む。

とんでもない質量のブリザードブレスだったが、俺のブラックホールに簡単に収束され吸い込まれていく。


「好きなだけ吐き続けていいが、お前精霊力が尽きて死ぬぞ?」

俺は戦いに来たんじゃなくて躾けに来たんだよ。


「それに流石に4大精霊存在の1柱を屠るわけにはいかないからな」

俺はそう言うと躾を開始することにする。


『重力操作』を操る俺の目が光る!


『バビューーーーーン!!!』

言うや否や、あっという間に高高度へとぶっ飛ばされるセイル。


「さて」

俺もぐんぐん上昇し、あっという間に空の彼方へ見えなくなったセイルを追いかける。


『ガア……』

宇宙から地球を見るような高高度まで飛ばされたセイル。

咆哮が囀りに変わっていた。


「俺に歯向かっても無駄だ……そろそろ酸素はおろか空気も無くなるぞ。この世界に宇宙空間があるかは知らんが、お前……大気圏を突破してみるか?」


『カァ……』

流石に可哀そうだな。


「まあお前もエルフ部隊を食べたり殺したりはしていないようだし、これくらいにしておいてやる。急降下するぞ。ついて来い」


『バビューーーーーン!!!』

今度はフリーフォールだ……セイルは途中で気絶していた。


◆◇◆◇◆


俺は天界山へ戻ったあと、氷漬けのエルフたち全員を『ブラックホール』に収納し、気絶していたセイルに喝を入れて起こす。


「怖がらせて悪かったな。俺は帰る。天空の監視を引き続きよろしく」

俺がそう言うと、のそのそと天界山の山頂に収まるセイル。


「今度はちゃんと遊んでやる。その時はともに大空を駆けよう」

俺に怖がっていたセイルも、俺の言葉に最後にはうれしそうな顔をしていた。


よし、しつけ完了!


俺は天界山をあとにした。


◆◇◆◇◆


セイルのしつけから丸1日が経ち、俺は魔法術協会本部塔の上空に戻って来ていた。

救出したエルフたちの事で少し時間がかかり、塔に着いたときは夜になっていた。


『コンコン』

女性の部屋なので今回は流石にノックする。


「アーツ様!夢見でご無事は『視て』おりましたが、お姿を見ると安心します」

俺の4P精霊術ですっかり良くなったのだろう。

ユニは窓まで駆けつけて出迎えてくれた。


「遅くなった。だがエルフたちは皆無事だ。救い出した全員はミズラフ大森林のエルフの里に放り込んできた」

まあ突然の覚醒に訳が分からないだろうが、自分たちの生まれた里だ。なんとかなるだろう。


「なるほど……分かりました。里にお連れいただいた北部地区のエルフについては、魔法術協会が主導で迎えに行きます」


「話が早くて助かる。しっかり目立って欲しい。今回の救出劇、手柄は共有だがスペル・マスターは脇役にしておいてくれ」


「はい、仰せのままに。それと会長である私と『謎の魔法術士スペル・マスター』の友好関係の公表についてもお任せください」


「そうか宜しく頼む」

知恵者のユニに任せておけば安心だ。


◆◇◆◇◆


実務的な話が終わり……。


「アーツ様、本当にありがとうございました。エルフたち皆の生還という奇跡を起こしてくださって。私も彼らと同じように氷から解き放たれたように思います」

俺の報告で、ようやく実感が湧いてきたのだろう。

緊張を解き、ユニは目に涙を浮かべながら微笑む。


「長い時が過ぎました。でもあなたに出会えて本当に良かった」

俺に近づいてきたユニは『ぽふっ』と俺の胸に身体を預ける。


「皆を開放し、あまつさえ自己への嫌悪にとらわれていた私の心まで開放してくれた。あなたは皆の英雄……そしてわたくしの英雄様です♡」

ユニは俺の胸の中で独白を続ける。


「私はずっと政(まつりごと)のなかにおりました。恋など知らずに生きてきました。これから恋をしてもよろしいでしょうか?……(あなたに)」

意を決したように聞いてくるユニ。

ん?最後の方は聞き取れなかった。


「いいんじゃないか?」

簡単に答える俺。


「ありがとうございます。ドキドキします……キュッ」

ユニは顔を赤らめて俺の服を握りしめてくる。


「マインに会いたい。そしてマインが羨ましい。わたし姉妹喧嘩してしまうかもしれません」

そしてユニは俺の胸の中で人差し指をぐりぐりしてくる。


「ああ、会いに来い。俺たちは北部地区で待っている」

俺はぐりぐりに照れくささと心地よさを感じながら、これまでの流れを思い満足していた。

エルフ失踪のこと、北部地区のこと、ユニとマインのこと、いろんな事が解決に向かっている。


……あとは精霊界だけか。

まだ見ぬ精霊界を心の思いえがいた俺は、ユニにいとまを告げる。


「エルフの救出劇は任せたぞ……アデュー」

窓から外へ飛んだ俺は、月明かりにドミノマスク煌めかせポーズを決める!


「ア、ア……」


あまりの格好良さに、俺を呼ぶこともできないようだ。

ふふ、俺も罪作りな男だ。


「ア……アデュー」


「そっちかい!」


……ユニのアデューポーズに見送られ、俺はそのまま夜の闇に消えた。

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