第37話 エルフたち
「……そういえば自己紹介がまだでしたわね。私は『ユニ』と申します。魔法術協会では『フルム』という偽名で通しておりますが」
そう話し始めたユニは、エルフ失踪事件について話し始めた。
◆◇◆◇◆
「私たちエルフは精霊にたいしての感応力が高く、精霊力消失の調査をするにはもっとも適した種族です。ですのでその調査も当然ながら私たちの役目として受け入れ、精霊界へ旅立つことになったのです」
ユニはその精霊界調査隊の隊長として、ミズラフ大森林と北部地区のエルフ合同部隊を統率した。
そして統率するうえで、ユニには特別な精霊術があった。
それは『夢』の精霊術。
夢見の力で少し先の未来が分かるなど、未開の地への調査隊としては、非常に便利な能力だったらしい。
もちろん精霊力ではない部分、深い知力や深慮遠謀に長けた力が合同部隊をまとめ上げたのは言うまでもない。
「今となってはその精霊術も失われてしまいました……そしてその精霊力をもってしても皆を救う事はできなかった……」
卓上の水晶玉を撫でながら、寂しそうに話を続けるユニ。
水晶玉からは何の力も感じられず、静かにくすんでいた……。
「……私たちは、北方のベルグ地方、そこにそびえる世界最高最大の独立峰『天界山』が精霊界への入り口であることを突きとめました……しかしそこで遭遇した圧倒的な精霊存在の前では、私の夢精霊術など嵐の中の木の葉のようなものでした。もちろん私の夢見の力も通用せず、未来が見えないまま進んでしまった結果です」
ユニたち合同調査部隊は北方のベルグ地方の厳寒地帯、天界山の途中で力尽きた。
「なんとか私の夢精霊術の全てを行使し部隊全員の魂を夢世界へ閉じ込め、命は繋ぎ留めましたが、部隊全員は今も氷の中です」
天界山で遭遇した精霊存在……ユニの話によると小山のように巨大なドラゴンのようだ。
水と氷の精霊力を纏う純白のドラゴンか……おそらく『天空の監視者セイル』だろう。
ドラゴンの氷精霊により部隊は氷漬けになってしまったが、魂は夢の中で保護され、エルフたちは仮死状態らしい。
「精霊力が徐々に失われつつあるこの世界では、自然の秩序が乱れ、力ある精霊存在の箍(たが)まで外れかかっております。以前はおとなしかった精霊までも……」
それは俺も感じていた……ラウドが動き出したことなんかもそうなんだろう。
精霊力の箍(たが)が外れる……前世界での異常気象により甚大な自然災害が起こるようなものか……。
あんな圧倒的な精霊存在たちが解き放たれたら、この世界の住人などひとたまりもないだろう。
「もう私には何の力もありませんが、これまでの実績とこれからの世界救済を望まれて、前任の魔法術協会会長から任されました」
もう夢見も他の力もないと申し上げたんですが……と寂しそうに微笑むユニ。
「そんなことはないぞ。この中央都市ミドルーンの繁栄を見ればわかる。君はよくやっている。北部地区は近いだろう?君もお忍びで行ってみるといい。自分のしてきたことが間違いでないと分かるぞ」
俺は素直にユニの能力を称えそう伝えた。
「私は足が少し悪いので……今も座ったままで無作法しておりますし。また元気になれば考えてみます……」
寂しそうに水晶玉を見つめるそのユニの言葉に俺は違和感を覚えた。
……足が?少し?元気になれば?だと!?
俺は目を細め、ユニを鋭く見つめる……4P精霊が宿った俺の目には全てが映る。
水晶玉を見つめ続けるユニは、そんな単純な身体の状態ではなかった。
4P精霊術を使える俺なら分かる……ユニは精神も肉体もボロボロだ。
そんな状態で魔法術協会を運営してきたのだ……遠からずユニは潰れてしまうだろう。
それに衣服で見えないが俺の『目』なら分かる。
ユニの背中に大きく切り裂かれた傷が走っていることが。
己の全てを使い果たし、命がけで皆を助けたのだろう……。
「話しづらい内容だったな。聞いて悪かった」
「いいえ、私もこのような話は誰にもできなかったので……少し楽になりました。ありがとうございます」
言葉とは裏腹に、ユニはずっと重荷を背負っている。
どうやら精霊界へ行く前に、俺がやるべき仕事ができたようだ……。
「気にするな……俺の名前はアーツと言う。君の事はユニと呼んでいいか?」
「はい、アーツ様。もう私の事をそう呼ぶ人は現れないと思っておりました」
「これから増えるさ」
俺は諦めた様子のユニにそう伝え、窓に足をかけた。
「疲れているところ邪魔したな。休んでくれ。俺はそろそろ行く」
「私の心はエルフたちと共に氷漬けになっています。夢精霊力の消滅以来、私が睡眠することはありません」
「俺を甘く見るなよ……まだまだ君にはこの都市のために働いてもらうぞ」
ふふ、俺の4P精霊術を舐めるなよ。
俺はふわりと浮き上がり、窓から飛び立つ。
ユニも見送るためか、足を引きずりながらも歩き、窓際から俺を見上げる。
しばしのあいだ、見つめ合う俺たち。
眼下に望むユニの精神と肉体の細部まで見つめる。
俺がイメージするのは『癒しと再生』
『パーーーーーン!!!!!』
塔を見下ろす上空で響き渡る俺の柏手。
俺は眼下のユニへ意識を集中しながら4P精霊術を発動する!
俺の髪と目からブルーブラックの光が溢れ出す!
『!!!!!』
俺を見上げていたユニの目が、これ以上ないくらいに大きく見開かれる!
自分の身体に起こった劇的な変化を感じたのだろう。
「アーツ様!!!?あなたはいったい!!!?」
「言っただろう、まだまだ働いてもらうと。悪いが背中の傷は完全には消せない……君自身がそれを拒んでいるからな。それとエルフたちのことは任せろ。今夜はゆっくり眠れ……アデュー」
俺はユニに一方的に伝える。
「アーツ様……お待ち……おま……」Zzz
あれだけ長いあいだ眠れていなかったんだ……ユニは急激に襲う睡魔に耐えられずその場に崩れ落ちる。
俺は風精霊でユニを椅子まで運んだあと、北方のベルグ地方の方角を見据える。
俺はこれからのエルフ救出作戦を思案する……と、ふいに耳元に風精霊の力を感じた。
『ん?』
リーファの声が風精霊に乗って届く。
『アーツ、アナタもしかして親子丼を……?』
言いづらそうなリーファの風精霊。
ん?親子丼?やぶからぼうに何だ?
と、そこにマインの声も風精霊に乗って届いた。
『アーツ様!ティエラさんたちのお腹が光り出しました!』
『!?』
そうだ!そういえばあれから1か月経ってたんだ。
悪いがティエラたちが先だ!俺はすぐに北部地区へ飛んだ。
◆◇◆◇◆
ティエラハウスに着いた俺は、すぐさまベッドルームに駆け付けた。
既に光が漏れだしている!
「アーツ様!」
「ア、アーツ……」
ベッドに寝かされたティエラとフィアは褐色の肌を桜色に染め、大粒の汗を流していた。
俺はベッドに駆け付け2人の手をしっかりと握る。
「俺がいる。もう大丈夫だ」
俺がそう言うと、2人は落ち着き呼吸を楽にする。
そしてその呼吸の波に合わせて、2人からの光が大きくなっていく!
『!!!!!』
呼吸の波がひときわ大きくなったとき、光の爆発が起こる!
目も眩むばかりの光が消えたあとには、オニキスのような黒色の宝玉(ジュエル)が滑らかな光を放っていた。
◆◇◆◇◆
俺たち3人はベッドの上で正座して向かい合う。
ティエラは、マインから宝玉(ジュエル)の事を聞かされていたのか、自分たちも宝玉(ジュエル)を生み出せたことに興奮を隠せないでいる。
いつもクールビューティーなティエラが綺麗な小鼻をピクピクさせるギャップが可愛い。
フィアは言葉を発さないものの、先程から全くまばたきをしない目が怖い。
「ではアーツ様、宝玉(ジュエル)をハメてください!」
興奮しすぎてキャラが崩壊しそうになってるぞティエラ。
俺はそんな2人に刺激を与えないように、そーっと宝玉(ジュエル)を本(ブック)に嵌め込んだ。
『!!!!!』
やっぱり凄まじい衝撃が俺を襲う!
ぐっ!身体が押しつぶされそうだ!……これが新しい宝玉(ジュエル)の力か……。
俺は新たな精霊力を身にまとい、ブルーブラックの光を溢れさせる!
そんな俺を見た2人は目を♡マークにして幸せそうだった。
◆◇◆◇◆
翌日の明け方……寝ている2人をそのままにして俺は家を出る。
そして空を見上げ呟く。
「天空の監視者セイルよ、エルフたちは返してもらうぞ」
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