第36話 魔法術協会本部
「若旦那様!『スペル・マスター』への出頭要請が出ています!」
え!?
◆◇◆◇◆
ワカの言葉に焦った俺だったが、どうやら俺の正体が特定された訳ではなかったようだ。
中央都市ミドルーン全域に発令された事情聴取の協力要請だった。
この都市に俺がいると睨んでの発令だろう。
中央都市ミドルーンのいたるところに貼り紙が貼られている……まったく心臓に悪い。
砂嵐作戦に続いて火山国家ボルカンでのフランマ王の件、さすがに事情を聴きたいといったところか。
ひとまず安心はしたが、街に貼られている貼り紙には微妙に『お尋ね者』感があり、精神衛生上よろしくない。
このまま放っておいて虱潰しに探され出すのも困る。
な~が屋での活動がしづらくなる可能性を考えると、会っておく必要はあるな……。
そう考えた俺は、いつものように情報収集すべく『な~が屋』テラスで酒を飲む冒険者たちに紛れこんだ。
◆◇◆◇◆
なんとも冒険者らしからぬ情報の少なさだった。
魔法術協会会長が今回の発令の執行者であることは分かった。
そしてその協会本部の中心人物である会長は、そうとうな知恵者らしい。
そのため国連も事情聴取については、魔法術協会本部に丸投げしているようだ。
俺が仕入れた情報はそれくらいで、それ以外の事は誰に聞いても分からなかった。
どうやら現在の魔法術協会会長は、そうとうな秘密主義者らしく、年齢・性別・名前などいかなる情報も秘匿にされていた。
それにもかかわらず会長として君臨できているのは、その知恵による統率力と深慮遠謀に長けた力によるものらしい。
会長在任期間からするとそうとうな高齢らしいが……。
そうした秘匿された部分がさらなる憶測を呼び、神がかった人物との人物評がなされている。
この世界中にある魔法術協会のトップに君臨する会長って……俺からしたら世界的大企業のトップだよ。
ほどほどレベルの経営者だった俺からすると……もはや緊張しかない。
大企業のトップから呼び出しを受けてる気分になってきた……会いたくないなぁ。
◆◇◆◇◆
『カポーン……ブクブクブク』
冒険者たちとの会話は、久しぶりに経営者時代の俺を思い出させた。
なんとなく疲労が溜まった俺は、隠れ家に戻ってお風呂に頭ごと浸かっていた。
『ブクブクブク……ザバッ』
「ん?……おわっ!?」
お湯の中から顔を上げると、目の前に真っ白な双丘があった!
双丘がお風呂にプカプカ浮いている!
「アーツ様」
「マ、マイン!?いつの間に?」
「アーツ様、お背中お流しいたします」
俺の驚きも気にせずマインは俺の背中を流しだす。
「あ、ありがとう」
なんだか弱気になっていた俺にはマインの静かな態度が心地よい。
しばらくはマインのなすがままに背中を流してもらった。
「大丈夫です。何があろうとアーツ様のお好きになさってくださいね。私たちはアーツ命!ですので♡」
少し茶目っ気を出して可愛い笑顔で言うマイン。
俺はその言葉とその笑顔に『はっ』と気づかされた。
「……そうだ、そうだよな!俺にはマインたちがいる。俺は何を悩んでいたんだろう?」
そんな可愛いしぐさのマインに、俺は背中だけでなく心も洗われてしまった。
そのあと俺は、久しぶりに思い出した経営者時代の苦労話なんかをマインに聞いてもらった。
俺の話にひと区切りついたとき、マインは手を『パンパン!』と鳴らす。
『ガラガラ』
「お、お母さん……もういいの?」
引き戸を開けて顔をのぞかせるリーファ。
「いいわよ入ってらっしゃい」
さも当たり前のように答えるマイン。
「じゃあ……」
おずおずとお風呂に入って来るリーファ。
ん?なぜ裸なんだ!?
「さあリーファ、アーツ様は復活されたわ!次はお身体もスッキリしてもらうわよ♡」
「は、はい!アーツ、よろしく♡」
リーファは『えへへ♡』とお風呂に入って来る。
前後から挟まれて、もう逃げられない俺。
俺は2人の心温まるケアで、身も心もナニもかもスッキリ復活するのであった。
男って単純です。
……『カポーン』
◆◇◆◇◆
さて、すっかり吹っ切れた俺がやることは先手必勝。
見つかる前に見つかりに行く。
「しっかし高いな!」
次の日の夜、俺は闇夜に紛れて魔法術協会本部の塔に来ていた。
本部の塔は、最上階は雲を越える高さでそびえ立ち、何者の侵入も拒んでいるようだった。
俺は会長室を見下ろしながら、ドミノマスクを装着する。
さあ!スペル・マスターの出番だ!
「こんばんは」
最上階の会長室に入った俺は、背を向けて椅子に座る会長に声をかけた。
突然の来訪に驚くかと思ったが、さすがに会長、おだやかに返事をしてきた。
「いつ来るかと待ちわびておりました」
そう言いながら、振り返った会長はローブを被ってはいたが……可憐な女性であった。
この女性が魔法術協会のトップだと!?
俺はその女性の姿に衝撃を受け、しばし言葉を失った。
◆◇◆◇◆
「スペル・マスター殿……あなた……魔法術士ではありませんね?」
ふいに告げられる女性の言葉に、我に返る俺。
「そういう君も魔法術士じゃないな?いいや、それ以前に人間ですらない」
そう俺が言い返す言葉に、少し目を見開く女性。
俺は気にせず言葉を続ける。
「まさかこんなところでマインの姉に会うとはな。ローブで耳を隠しているのか?」
続けた俺の言葉に、今度こそ大きく目を見開く女性。
やがて諦めたのか彼女はローブを外し、美しく尖った耳をあらわにさせた。
「マインをご存じなんですね……」
「ああ、マインの事はとてもよく知っている。そして君はマインと瓜二つだ」
「あなたは何者?……やはり魔法術士ではない。あなたからは特異な精霊力を感じます」
目を細めて俺を見つめる女性。
「俺も感じる……君の精霊力も不思議な感じがする。精神系の精霊力か?」
俺は女性から微かではあるが、不思議な精霊力の残滓を感じた。
それに彼女、精霊力以外にもおかしなところがある……これは!?
彼女を探るように見つめる俺の目から、ブルーブラックの光が漏れた。
「恐ろしいですね。もう精霊力の失われた私からそこまで感じとるとは」
見透かされることを恐れるようにローブを握りしめ、俺を見つめる女性。
「ここへは争いに来たわけでも騙し合いに来たわけでもない。情報交換といこうか」
剣呑な雰囲気になる前に言葉を投げかける。
俺は本題に入るため、まず俺から火山国家ボルカンの顛末を話した。
もちろん彼女に懐疑心を抱かせないために、マインやリーファの事も話した。
「そうだったんですね。フランマ王の事は私たちの調べと一致しています。これ以上あなたに嫌疑がかからないようにいたしましょう。その為には魔法術協会会長とスペル・マスターが友好関係にあると公表する必要がありますが」
マインたちの話で安心したのか、彼女は顔を和らげた。
机に肘をつき思案する顔は、本当にマインに瓜二つだ。
「ああ、それは任せる。適当にやってくれ」
簡単に答える俺。
「分かりました。それにしてもマインたち今は北部地区に……最近にぎやかになったと噂の北部地区ではそんなことが……」
どこか寂しそうに話す彼女は話を続ける。
「北部地区は、かつて本当にエルフたちにあふれ煌びやかな街でしたのよ。それが私の力が至らないばかりに無気力地区と呼ばれるほどになってしまいました。それがあんなに復興するなんて……」
そこまで話すと彼女はまた寂しそうに微笑んだ。
「おそらく君はあの街のためにそうとうな尽力をしたんだろう。復興を手伝ってくれている街の人と触れ合うとそれがよく分かる。君は良くやってくれたから今の復興がある。過去を卑下することはない」
俺がそう言うと、彼女の目じりに涙が浮かんだ。
「それよりも聞きたいことがある。君なら分かるだろう。ミズラフ大森林のエルフ達に何があったのか?そしてここ北部地区のエルフ達に何があったのか?話してくれないか」
「分かりました。少し長くなりますがお話いたします」
そう言うと彼女は、目を閉じ過去を思い出すように話し始めた。
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