第32話 フィア
ゆっくりと開いてくる扉の向こうから、澱んだ空気が流れてくる。
むせ返る瘴気の先を俺は睨みつける。
これが王の間?……むしろ狂った研究室だろ、これは。
俺は開いた扉の奥に広がる光景に虫唾が走り、怒りを覚えずにはいられなかった。
はたして、そこにフィアはいた。
『ヴォーーーン、ヴヴヴヴヴ』
王の間の周囲には、取り囲むように魔法術の法具らしき装置がずらりと並んでいる。
数名の研究者が操るその装置は、絶え間なく不気味な音を響かせていた。
その数々の装置にとり囲まれたフィアは、王の間の中央に備え付けられたクリスタル球の中に浮かんでいた。
フィアの額には宝玉(ジュエル)が、浮かびあがり、妖しい赤色光を放っていた。
『ドクン、ドクン、ドクン……ドロッ、ドロリ』
クリスタル球の内部は、水の中に血を垂らしたかのような濁りで満たされ、そこには幾本ものチューブが繋がっている。
そしてそのクリスタル球から延びるチューブは、絶えず脈打ち、体液のようなものを吐き出していた。
「ぐっ!?」
俺は思わず片膝をつく。
チューブが脈打つごとに『ズルリ、ズルリ』と膨大な量の精霊力が抜かれていく感覚を覚えたからだ。
これは!?フィアの感覚か!?
フィアが感じる体感が俺に流れ込んでくる。
まるで自分の中から急激に血液が抜き取られるような感覚に襲われる。
俺はなんとかその感覚に抗い立ち上がった。
そんな禍々しいクリスタル球の中に浮かぶフィアは、白濁した目で、ぼんやりと惚けた表情を浮かべていた。
……そう、まるで魂のないゴーレムのように……。
「貴様らは魔法術協会の者か?国連の奴らには見えんなぁ」
フィアの隣には、豪奢なローブを羽織り、炎を模った王冠を被った男が立っていた。
こいつがフランマ王か。
「俺もお前が王には見えないな……彼女を返してもらうぞ」
俺はそう言いながらフィアに近づこうとする。
「ぐははははは!」
突然、弾けたように笑うフランマ王。
「遅い!もう遅いのだよ!この娘はすでに城と一心同体!娘は心臓、城は身体、そしてこのワシが頭脳よ!娘を操るこのワシに傷ひとつでもつけてみろ!精霊暴走が引き起り、この城も娘も跡形もなく灰になるわ!」
フランマ王はそう言って俺を牽制し、禍々しい笑みを浮かべながらチューブを撫でる。
「ワシだ!ワシの力でこの火山国家ボルカンの火が蘇ったのだ!これからはワシ自身が火山国家ボルカンじゃあ!!!」
目に狂気を宿らせ、口から涎を飛ばしながら叫ぶフランマ王。
「偽りの力だろう。お前の力など、何ひとつこの国は必要としていない」
俺は話を続かせながらフランマ王の周囲に精霊力を纏わせる。
「それがどうした?ワシを傷つければぁ……んなっ!?」
……俺はそいつが話し終わる前に、首から下を氷漬けにした。
「これでお前は動けない」
「貴様ぁ!ワシは王だぞ!ワシを傷つければ娘が暴走を……ぐわあああ!!!」
俺はフランマ王を完全に氷塊に閉じ込めとどめを刺した
「どうした?お前を傷つければ暴走するんじゃなかったのか?」
俺は、氷塊の中ですでに息絶えたフランマ王に向けて話す。
続いて俺は、フランマ王の死に紛れて逃げようとしていた研究者たちを制する。
「フィアは返してもらうぞ……それとそこに隠れている本物のフランマ王、逃げるなよ……フィアを元に戻す方法を教えてもらう」
俺は研究者たちを睨みつけながら言う。
「貴様ぁ!何故分かった!?」
研究者の1人が俺に睨まれ、唸り声をあげる。
「お前は、俺が知ってるズル賢い経営者に似てるからな……そいつは部下を身代わりにして逃げるのが上手かったよ、今のお前のようにな」
俺は偽フランマ王だった氷塊を見て続ける。
「それに最初に言っただろう。そいつは王には見えないと」
「もう逃がさない」
俺は本物のフランマ王の周囲に氷精霊を発生させ動きを牽制する。
フランマ王に近づいていく俺。
「ぎぃぃぃぃ!!!この力は誰にも渡さん!ワシは王を超え神になるのだ!……見てるがいい!!!」
目に狂気を宿らせたフランマ王は・・・。
『ブチィィィィィッ!!!』
フランマ王は狂気の笑みを浮かべ、そのまま自分の舌を噛み切った!!!
「ぶばあはははは!!!!!」
口から大量の血を流しながらフランマ王は笑い、そして絶命した。
「しまった!!!」
フィアの元に駆けだす俺!
フランマ王の死に呼応するように光りはじめる宝玉(ジュエル)!
『があああああああああああ!!!!!』
フィアの額の宝玉(ジュエル)が爆発するかのように光り輝き、フィアが吠える!
フィアを中心に、精霊力が膨れ上がり暴走し始める!
その膨大な火の精霊力は、周囲を溶かし始め、研究員たちを瞬く間に燃やし尽くす!
そしてそのままマインたちに向かって放たれる膨大な熱量の精霊力!!!
『!!!』
俺はフィアとマインたちの間に入り、とっさに手を掲げ火の精霊力を受け止める!
「ぐあああああ!!!!!」
火の精霊力に包まれる俺と本(ブック)
◆◇◆◇◆
「アーツ!!!!!」
リーファの叫び声で我に返る俺。
一瞬気を失っていたらしい。
どうやら防いだ手が炭化してしまっているらしく感覚がない・・・持ったままの本(ブック)も焼け焦げていた。
だが俺はその瞬間!気を失っていた瞬間に感じたのだ!
俺の3つの宝玉(ジュエル)とフィアの宝玉(ジュエル)が交わり見せてくれた精霊力の可能性を!
精霊力のその先を!
そうしている間にもフィアの精霊力は益々増大し、王の間全体が熱で融解し始めている。
俺はすぐさま氷精霊で巨大な壁をつくり、マインたち3人を囲む。
次はフィアだ。
俺は火の精霊力が溢れるなかを、フィアの元へと歩いて行く。
炎の中を進む俺の身体が、本(ブック)が、ますます焼け付いていく。
◆◇◆◇◆
フィアの元についた俺は、その姿を見据える。
精霊暴走はフィア自身をも傷つけていた。
フィアも自分自身が火に包まれながら半分以上が炭化している。
「痛むが我慢してくれ」
俺はフィアの宝玉(ジュエル)を掴む。
これが暴走の原因だ。
『ブチブチブチ!!!』
フィアの額に光る赤い宝玉(ジュエル)を強引に抜き取った。
『!!!!!』
事切れたかのように崩れ落ちるフィア。
ここからだ……俺にできるか?
だが迷ってる時間はない!
俺は振り返り、ティエラを見つめる。
氷の向こうのティエラは涙を流しながらも俺を真っすぐに見つめ返し、頷く。
そうだよな!ティエラに約束した!誓ったんだ!
フィアは必ず助ける!
宝玉(ジュエル)が、そして本(ブック)が見せてくれた可能性にかけるしかない。
とにかく行くぜ相棒!
俺は感覚の無い手で宝玉(ジュエル)を掴み、最後の力を振り絞りながら叫ぶ。
「ブック!悪いが最後まで付き合ってくれよ!……ぐっ!ちょっと熱いが捻じ込むぞ!我慢してくれよ!相棒!」
俺は叫びながら、燃えさかる宝玉(ジュエル)を本(ブック)の窪みに嵌め込んだ!!!
『!!!!!!!』
ついに4大精霊力がそろった!!!
おぼろげだったイメージが俺の中で鮮明に広がっていく!
「まったく、3Pも経験してないのにいきなり4Pかよ!」
……だが!行くぞ!相棒!
俺は両手で抱えるように、4大精霊力全てを生み出し……強引に融合していく。
全身が弾けそうな衝撃に耐えながら、胸の前で思いきり柏手を打つ。
『パーーーーーン!!!!!』
俺は混じり合う精霊力をひとつにまとめ、新たな4P精霊術をフィアに行使する。
フィアの身体が浮かび上がる……。
俺の目の前で、俺以上に焼け爛れていたフィアが、まるでビデオの逆再生のように、復活していく。
束の間の時が流れ、フィアは俺の前に美しい生まれたままの姿を見せていた。
フィアを寝かせ、俺はマントをかける。
「さてと……次は俺たちの番だぜ相棒」
俺はフィアの無事を確かめたあと、4P精霊術を自らに流し込んだ。
◆◇◆◇◆
辺りに火の気が無くなり落ち着いたことを確認した俺は、マインたちの氷精霊の囲いを解いた。
ティエラが泣きながらフィアの元へ駆けより、抱きしめている。
後ろで見守るマインとリーファも涙を流していた。
そんな皆を見て安心した俺は、今度こそ意識を失った……。
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