第30話 出撃前夜
「おかえりなさい!若旦那様♡」
「おかえりなさいませ!若旦那!」
ラシェルの村から戻った俺を『な~が屋本家』の皆が迎えてくれた。
「待て待て!俺は影の共同経営者だ!偽装してるんだぞ!」
俺は焦って宿に身を隠す。
皆には後でちゃんと教えておかないとな。
「それより若旦那様!お宿が大変なんです!大繁盛なんです!」
ワカが嬉しそうに纏わりつく。
「あ、ああそうか!それは順調でなによりだ!流石だなワカ!」
順調に経営者の道を歩むワカに嬉しく思う。
「俺も今後の宿の経営について話がある。それに新しい食材も持ち帰った」
俺はワカに、戻る途中で新たに狩った『グランドボア肉』を渡したあと、バスルームで泥エステの実演をしてみせた。
泥エステの実演を、ワカは目を輝かせながら見ている。
目をキラキラ……ん?ギラギラ?
「凄いです!若旦那様!若旦那様のお肌ツルツル♡……えい♡」
「おわっ!」
『パッシャーーーン!』
俺は実演用の泥の中に突き飛ばされた……なにこのデジャヴ感。
『パッシャーーーン!』
ワカも泥の中に飛び込んでくる。
もう嫌な予感しかしない。
「私も実演してくださーい♡」
泥の中で俺を押さえこむワカの目が怖い、というか強くて身動き取れない。
ヌリヌリ……俺はそのまま飲み込まれるのだった。
◆◇◆◇◆
「で、泥んこ相撲してきたわけね」
お肌ツルツルの俺とワカを見るリーファがジト目だ。
「いや、新企画の実演をだな……でもまあおかげで方針も決まったから」
言い訳めいたことを言う俺だったが、確かに方針は決まった。
泥エステは建設中の『な~が屋隠れ』の目玉にするつもりだ。
この泥エステで富豪の奥様方を大満足させる自信はある。
この世界にはない新たなサービスは、富豪たちの話題をかっさらうだろう。
とりあえず顧客は女性限定にしておこう。
なおオイルマッサージはエロ過ぎて、未だに封印中だ。
泥エステ?でお肌ツルツルになったワカは、ウキウキで『な~が屋隠れ』の準備に向かって行った。
俺はそんなワカを見送った。
リーファはジト目のままだったが。
◆◇◆◇◆
さて俺は今、賑やかになった北部地区を眺めながら、な~が屋前のオープンテラスで冒険者に紛れ酒を飲んでいる。
もちろん偽装をしてだ。
そして……俺の隣には冒険者オヤジ。
「お前知らないのか!?中央都市ミドルーンじゃあ今この話題で持ちきりだぜ!!!」
冒険者オヤジは興奮して唾を飛ばしながら俺に叫ぶ。
オアシスで別れた冒険者オヤジだったが、ここで見かけたので声をかけてみた。
酔っ払いオヤジはどの世界でも話好きだ。
「スペル・マスター?知らないな。俺はさっき都市に着いたところだからな」
今は別人に偽装しているため、冒険者オヤジは俺に気づかない。
「伝説の大魔法術士様だ!お前も西デューシス地方を襲った砂嵐は知ってるだろう?それを止めたんだ!大魔法術を使ってな!しかもそれだけじゃねえ!命を落とすところだった討伐部隊を、ひとり残らず救った英雄だぞ!なにを隠そうこの俺も救われたひとりだ!」
え?伝説になったの?ヤバい、キャラ盛りすぎたか?
「それは俺も見たかったなぁ!それで今この都市にいるのか?」
「いいや、スペル・マスター様はあれ以来姿を見せないらしい。よほどの世界の危機にならないと現れないんだろうさ!ちくしょう格好良いぜ!」
冒険者オヤジの目がヒーローを語る少年のようにキラキラしてる。
「そ、そうか残念だな……だが良い話をありがとう。これは俺からのおごりだ」
俺はそう言い、新メニューの『グランドボア生姜焼き風』を冒険者オヤジにふるまった。
「お前!これめちゃめちゃ旨いじゃねーか!?それになんだ?……力が満ちてくるぞ!!!」
冒険者オヤジはそう言いながら、マッチョポーズを決める!
そんなもん見せるな服を脱ぐな。
そう言いながらも俺はオヤジのマッチョポーズを見て確信する。
やはりそうか!上位種モンスターには身体能力を向上させる効果がある。
以前の空で仕留めた烏骨鶏で気にはなっていたが、今回のグランドボアでそれが確信に変わった。
ボア狩りで分かったことだが、ボア達は餌だけでなく土もそのままガツガツ食べる。
おそらく土とそこに宿る精霊力を食べてるんだろう。
この世界の上位種モンスターは、精霊力も食べるモンスターだ。
だが上位種モンスターを狩るような猛者はこの世界には少なく……ましてその肉を持ち帰ろうとする命知らずの商人もいない。
だから上位種モンスターが食卓にあがることもない。
この分だと、上位種モンスターの肉は、甘味オイル並みに重宝されるだろう。
俺は、この世界の未だ見ぬ上位種モンスターに想いを馳せながら、な~が屋の新たな企画としてワカに伝えようと思う。
「ぷはぁぁぁ!旨いもんを食わせてくれたお礼だ!もうひとつ大事なことを教えてやろう」
ボアの生姜焼き風に感動した冒険者オヤジは気分よく話を続けてくれた。
「ここだけの話だが戦争が始まるかもしれねえ……悪いことは言わねえ、今のうちに地方の街に避難しておけ。西デューシス地方の災害が収まった以上、こんどは南海群島に目が向く!これから大軍が南に向かって動き出すんだ!……だが相手の反撃次第じゃ、もしかすると火の粉が中央都市ミドルーンにも飛んでくるかもしれねえ!」
「なに!?そうなのか?」
素で驚いて思わず大声で聞き返した。
「ああ!火山国家に向けて、国連と魔法術協会本部の連合部隊が動く!砂嵐災害の容疑者、フランマ王も年貢の納め時だ……国連も重い腰上げたなぁ」
感慨深げに言う冒険者オヤジ……そのセリフはやめておけ。
「……そうか」
俺は心の内で焦りだした。
これはヤバい!連合部隊より早く動かないとフィアの救出が上手くいかない恐れがある。
三つ巴の戦いになるのは避けなければ。
「オヤジ、忠告ありがとう!直ぐに避難の準備をさせてもらうよ!オヤジも気をつけてな!」
その後もいくつか情報をもらった俺は、冒険者オヤジの忠告に従うように席を立ち、オヤジと別れた。
◆◇◆◇◆
「今夜、南海群島へ発つ。メンバーは俺とマインとリーファ、それとティエラだ」
俺は皆を個室へ集め、指示を出していく。
「ワカとラシェル、2人はここに残って北部地区の運営と守護を頼む」
俺は村からラシェルを連れて戻ってきていた。
村の救出では依頼される側だったが、今度は俺がラシェルに依頼している。
「そんな他人行儀なこと言わないでください!旦那様♡」
ラシェルは元から村に帰るつもりは無かったようだ。
「俺たちが帰るまで2人で協力して欲しい。頼んだぞ」
「はい!」
「はい!」
2人とも力強く返事をしてくれた。
「冒険者オヤジの話では、連合部隊の出発はまだ数日先らしい。俺たちは連合軍が到着するよりも先に、フィアの救出を成功させる!……スペル・マスターの出番だ」
今回も偽装しての作戦だ。
「スペル・マスター?あ!この都市で話題になってる人ですよね?お知り合いですか?」
……そういえばワカには言ってなかったな。
「ああそうか、スペル・マスターとは……俺だ」
俺はそう言いながら、ドミノマスクを装着する。
俺の髪と目からブルーブラックの光が溢れ出す。
「わあああああ♡格好良い!いただきますっ!!!」
ワカは野性に戻って飛びついてきた。
『ガッシーーーン!!!』
ラシェルがワカを防いでくれた。
「はいしどうどう!ワカちゃん焦る気持ちは分かるよ。でも甘えるのは旦那様が帰ってからにしましょ♡」
はいしどうどうって馬か?
ん?隣ではリーファがマインを押さえていた。
そっちも野性に戻ってたのか……。
はいしどうどう。
「はっ!?……はい、若旦那様お気をつけて」
我に返ったワカは、顔を赤らめながらも火打石で出発の安全を祈ってくれた。
「ま、まあとにかく俺がスペル・マスターということは秘密で頼む。それとワカ、俺たち『スペル・マスターと仲間たち』用に、人数分のマントを用意してくれ。魔法術士っぽいのを頼む」
俺はワカにそう依頼すると出発の準備に入った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます