第29話 ペット枠

『精霊昔話』

この世界では誰もが子供の頃、耳にしたことがある童話だ。


『かつてこの世界が生まれたとき、時を同じくして4つの大きな存在も生まれた』


天空の監視者『セイル』

燃え盛る慈悲『ニクス』

大森林の狩人『ハクト』

大地の担ぎ手『ラウド』


勝手気ままに暴れていたこれら4大精霊に困った人々が、そこに住まう様々な種族と協力し、4大精霊を鎮める。

4大精霊はそれからというもの、自然界の秩序を維持し、人々と仲良く暮らしましたとさ。

めでたしめでたし。


俺はそんな童話の内容を本(ブック)で確認し、改めて眼下に広がる惨状を眺める。


「何だこれは?」

たしか暴れ猪……グランドボアの相手をしに来たはずなのだが……。


『ただの迷信ですけどね、あはは、あはは、あはは……』

気楽に笑っていたラシェルの言葉が俺の頭に木霊する。

過去に戻ってツッコミを入れたい気分だ……。


「はぁ」

俺は数時間前に思いを馳せた……。


◆◇◆◇◆


【時は数時間前にさかのぼる……】


本(ブック)に戻った俺は、ティエラに血を垂らしてもらい無事に人に戻った。


その後、新たに取得した2P精霊術の『木精霊術』で造った舟でオアシスを飛び立ち、一路ラシェルの村へと向っていた。

リーファは気に入ったのかサーフボードで空を駆け、俺たちの舟と並走している。


今回ラシェル以外の皆には、それぞれ土精霊術でドミノマスクを作製し、装着させている。

『スペル・マスターとその仲間たち』として任務にあたろうと思う。


「ラシェル、村はどんな状況なんだ?」


「猪(ボア)は湖を占領してるだけで、村が襲われることはなかったので大丈夫かと思います」


「でもお前たちの種族は、水がないと大変だろ?」


「はい、でも村の水瓶にはまだ蓄えもありますので大丈夫です……ただ……」

ラシェルは言うか言うまいか悩むような素振りを見せた。


「ん?ただ?」


「えっと、お爺ちゃん……私のお爺ちゃんは村の長老なんですが、お爺ちゃんが言うには、湖から湧き出る水を毎朝裏山の祠にお供えしないといけないらしくて……無茶してないといいんですけど……」


「大丈夫なのか?それ?……ボアが出現してからけっこう経つぞ」


「精霊様の祟りじゃーーーってお爺ちゃんは脅かしてきます。ただの迷信ですけどね、あはは」


軽っ……若者の考え方はどこの世界も同じか……俺はけっこうそういうの信じる方だぞ。


「まあ、とにかく早く村を助けないとな」


若者とのギャップに驚きながらも俺は先を急いだ。


◆◇◆◇◆


「静かだな……人の気配がない」

村に着いた俺たちは、通りにも家にも人がいないことに違和感を覚える。


「かと言って荒らされたような跡もないか」

皆で避難でもしたのだろうか?


「おっかしいなー、お爺ちゃーーーん!」

ラシェルは大きな声をあげて村長を呼んでいる。


俺たちはそのまま歩き続け村外れまでたどり着いた。


「あ、あっちが裏山です!」

ラシェルが指さした方向、なんだか騒がしくないか?

それにこれ……地震か?


『ズシーーーーーン!!!ズシーーーーーン!!!!!』


『ズシーーーーーン!!!ズシーーーーーン!!!!!』

重たい音がする度に、俺たちは地面から浮くほど揺れていた。


すると遠くの方から……。


『ドスン!ドスン!ドスン!ドスン!』

もの凄い勢いでグランドボアがこちらに向かってくる!

デカい!!!ハイドシップくらいあるんじゃないか?


「こっちに向かってくるぞ!皆!気を付けろ!!!」

俺たちはラシェルを盾役に、戦闘態勢に入る!


しかし、さっきのドデカイ地響きもグランドボアなのか?……いや、なにかおかしい。

何か妙な不安が俺を悩ませた。


『ドスン!ドスン!ドスン!ドスン!!!』

そうこう考えてる内に目前に迫ってきたグランドボア!


「来るぞ!!!」

身構える俺たち!……だがしかし。


凄まじい形相で、目が血走り涎をまき散らしながら!……ボアは俺たちの横を駆け抜けていった!

ん?……あれって泣きながら走ってない?必死で逃げてる顔じゃないのか?


『ズシーーーーーン!!!!!ズシーーーーーン!!!!!』


やっぱりこの地響きグランドボアじゃないぞ!

……と、また前方から全力で駆けてくる影が!


今度は人だ。


「ラシェルーーー!逃げろーーーーー!」


「お、お爺ちゃん!?」

駆けて来たのは長老だった。


長老は俺たちの元へ着くと息を切らしながら叫んだ。

「た、大変じゃ!ちょっと湖の湧き水を拝借して祠に供えただけなんじゃ!それなのにあの暴れ猪(ボア)が裏山の祠を壊しよった!そしたら突然、裏山が動き出したんじゃーーー!精霊様の怒りじゃーーー!逃げろーーー!」


叫びながら老人とは思えない脚力で、俺たちを置いて駆け抜けて行った。


行くんかい!?


お爺ちゃんに置いて行かれ、なんの情報も無いなか、皆は俺を見て指示を仰いでくる。


「ラシェル!お前は皆とグランドボアを追え!皆なら勝てる!俺は裏山へ向かう」


「お気をつけください」

「気をつけてね!」

皆は俺に声をかけ、お爺ちゃん……もといグランドボアを追って行った。


◆◇◆◇◆


【そして現在】


「何だこれは?」

たしか暴れ猪……グランドボアの相手をしに来たはずなのだが……。


「動いてるのは裏山なのか!!!?」

空から見ていた俺は、地面へ降り下から見上げて改めて大きさを実感する。


「これ……亀、亀だよな。ゾウガメの背中に山が乗ってる」

もはや驚くより呆れて冷静になる俺だった。

亀ってことは……これは『精霊昔話』に出てくる『大地の担ぎ手ラウド』なのか?


「とにかくこのまま進めば村は壊滅する」

どうにかして止めないと。


さて、どうするか?

なんだか分かり合えそうな気がするんだが……。

それに何か懐かしい感じがする。


『ドドドドドドドドド!!!!!』

俺はとりあえず土精霊力で土石流をドバドバ出して、ラウドを押し返すことにする。

お!行けそうだ!


俺の精霊力はラウドを凌駕し、押し返し始めた……しかし。


『バタバタバタバタ!!!』

ラウドが土石流の中で嬉しそうにジタバタし、泥遊びを始めたのだ!

うおっ!これは揺れる!あのジタバタで地震が起きてる!!!


とりあえず土石流を止め、ラウドを興奮させないようにした……すると。

「ぴーーー!」

ラウドが甘えるように鳴く。


あ、何で懐かしいか分かった!

チャロに似てる!俺が子供の頃に飼ってた犬だ。

チャロもよくジタバタとじゃれてきたんだよな。


同じだ、ラウドも俺に『じゃれてる』


とりあえずしつけるか。


「お座り!」

遊んでもらえると思ったのかラウドが目を輝かせる。


「お座り!!!」

興奮してきたラウドがジタバタし始めた。


いいかげんに!しろーーーーー!!!

「お座り!!!!!」


俺はとりあえずラウドをペシっと叩くつもりで……。


「やべえ!勢いをつけすぎた!」


『メリッ!!!メリメリメリメリメリ!!!!!』

なんと俺が振り上げた拳は、俺のイメージを具現化し、目の前のラウドよりも巨大な土の拳が大地から引き起こされ……そして。


『ドッゴーーーーーーーン!!!!!』

そのまま振り下ろされた土の拳がラウドに直撃する!

背中の裏山を覆い尽くす量の土石流でラウドを押さえつけ、地面にめり込ませた。


「ぴえーーーん!」

泣くラウド。


「すまんすまん!」

俺はラウドの顔へ飛び、頭を撫でて謝る。

「ぴーーー♡」

痛いわけではなかったのだろう……嬉しそうに機嫌を直すラウド。


それから俺は少しのあいだラウドを甘えさせる。

俺たちは仲良くなった。


◆◇◆◇◆


「それで、こうなったわけね」

倍の高さほどになってしまった裏山を見上げリーファが呆れる。


「まあ、ちょっとしつけ過ぎてしまった」

俺は、マズいかなと思いながら長老を見る。


「おお!我らの裏山が大きくなられた!これは霊峰じゃあ!!!」

長老は興奮してめちゃくちゃ嬉しそうなので放っておこう。


「お前たちこそ良くやったな!お疲れさま」

俺は横たわるグランドボアを見ながら皆に労いの言葉をかけた。


「ありがとうございます。でもほとんどラシェルちゃんのお手柄ですのよ」

マインがラシェルの頭を撫でて教えてくれる。


「えへへ」

ラシェル……お前どんだけ強くなるんだ。


「避難させていた村人たちも少しずつ村に戻ってきておりますじゃ」

落ち着いた長老が話してくれた。


今夜はボアの討伐と村が救われたことを祝い、祝勝会をするらしい。


絶対ですじゃ!と誘われた俺たち『スペル・マスターとその仲間たち』は、祝勝会で大いにもてなされ、焼きたての焼き豚を酒の肴に疲れを癒すのだった。

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