第26話 砂嵐作戦

『ヴォーーーーーン』

俺たちは今、西デューシス地方を走行する大型モービルに揺られている。

何とか乗り込めたが『砂嵐作戦』の出発は慌ただしいものだった。


な~が屋での業務の引継ぎに時間がかかり、遅れて到着した俺たちが乗り込んだ大型モービルは、俺たちのような遅刻組を詰め込んだごちゃまぜの編成で最後の出発となった。

大型モービルには俺たちを含め冒険者グループが2つ、魔法術士グループが1つ、総勢15人程が乗り込んでいる。

よく映画に出てくる兵士が向かい合わせの状態で俺たちは揺られていた。


なんか険悪な雰囲気だなぁ。


本来は冒険者だけ、魔法術士だけ、という具合に乗り込む大型モービルだが、遅刻組にそんな選択肢はなく、2種類のグループが押し込まれたこの大型モービルは、険悪な雰囲気に包まれていた。


冒険者は多種様々な種族で自由に編成され、それとは逆に魔法術士は人間種族ばかりで編成されることが多い。

種族にしても職業にしてもなにかしら確執があるのだろう。


「精霊力に満ち溢れていた頃は、こうでも無かったのですが……」

人に扮したマインが俺にそっと囁いてきた。


俺はそんな空気を和ませようと……。


「初めて乗ったが、魔法術モービルとは随分と早いものなんだなぁ」

と穏やかに言ったつもりが……。


「はっ!お前、おのぼり冒険者か!?モービルも初めてのような奴らに討伐なんて大丈夫かぁ!?俺たちの足を引っ張るなよ!」

「駆け出しですか!?あなたも人間なら、そのようなセリフは慎むように。同じ人間として恥ずかしい。私たち魔法術士のようにもっと学ぶのです」

……なぜかどちらからも馬鹿にされた……なんでやねん。


とまあ、俺の発言は盛大にクラッシュしたわけだが、おかげで車内に会話が生まれだした。


魔法術モービルは中央都市ミドルーンでの大きな発明のひとつで、中央都市ミドルーンがこれほどまでに巨大に発展した原動力のひとつだそうだ。

確かにこれだけの人数、これだけ荒れ地の上を高速で静かに移動させる手段は、俺のいた前世界での技術でも無理だろうな……リニアモーターカーの車版みたいなものか、浮いて動いてるわけだし。


「でもまあ、お前たちも最近ミドルーンに着いたようだが、それはある意味正解だったかもしれねぇな」

やはり険悪な車内で息苦しかったのか、少し緊張の解けた冒険者オヤジが話し出した。


「ん?正解?」


「ああそうだ、もう半年以上にもなるが、毎年開かれる世界会議、今年は大荒れだったからなぁ!」


半年以上前ならまだ俺はこの異世界に来てない頃のはずだ……それに会議って何だ?

「世界会議?」


「お前!本当に何も知らねぇんだな!」


「俺たち『盾と弓』は先月冒険登録したところだからな」


「は!?お、お前!?新人かよ!?こんなところにいて大丈夫か?」

俺の何気ない言葉に驚いた冒険者オヤジは、最後の方は本気で心配するように聞いてきた。


「な!?本当に駆け出しだったんですね……私たちのお荷物にならないようにしてくださいね」

青年魔法術士も言葉は厳しめながら、割りと本気で心配してくれている。


……え?そんなに危ない作戦なのか?

「まあ私たち、強そうには見えないもんね」

とリーファが耳打ちしてきた。


「心配ありがとう。ご忠告感謝する」

俺は素直に感謝して、冒険者オヤジの話の続きを促した。


「どこまで話したっけな、ああそうだ、世界会議の話だったな……」


冒険者オヤジの話した『世界会議』とは年に1度、中央都市ミドルーンで開催されているようだ。

中央都市ミドルーンの『国連』が中心となり、国連加盟国以外の中小の国家も集まり、そうとう大きな開催となるらしい。

まさに世界の行く末を担う会議なのだろう。


そんな世界会議、今年は大荒れだったらしい。

なんでも南海群島の中堅国家ボルカン、通称『火の国』のフランマ王が、謀反を起こしたらしい。

……この『らしい』というのは、フランマ王は世界会議を途中で放っぽりだしさっさと自国に帰ってしまったため、詳細が不明だからだ。

ちょうどその頃を過ぎたあたりから、西デューシス地方に未確認の砂嵐が吹き荒れるようになったせいで『フランマ王の仕業だ』というのが大方の意見を占めるようになった。


「世界会議開催中も、西デューシス地方でフランマ王が目撃されている情報もありますし、何かしら不穏な動きはあったのでしょう。火の国ボルカンに調査に向かった私たち魔法術協会の精鋭調査団も、火の国に到着してから消息を絶っています」

青年魔法術士が悔しそうに言った。


火の国ボルカンは中堅ながら、火力を重んじる軍国主義国家だ。

この国への調査はかなりの危険を伴う。

そこで同じ時期から発生し始めた西デューシス地方の異変を調査することになったそうだ。

こちらの調査もかなりの危険が伴うと予想され、そういうことからも俺たちの事を心配してくれているのだろう。


「あとはここだけの噂だが、砂嵐付近では『鬼』の姿も目撃されているらしい。鬼なんておめえ御伽話かってんだ!……でもよ、ただの災害に『討伐』なんて言葉を使うあたり、何かしらいるらしいってのが、もっぱらの噂だ」

最後は俺たちをビビらせようとしてるのか、声をひそめる冒険者オヤジ。


「鬼か……そんな怖い御伽話より、俺は『精霊昔話』に出てくる『世界の守護者たち』の方が夢があって良いなぁ」

と俺は本(ブック)の知識にある、この世界の御伽話を引き合いに出しながら相槌を打った。


「ははっ!違えねぇ!お子様には御伽話がちょうどいい!……まあ、とにかくお前ら『盾と弓』だっけか?お前らは生き残ることを考えてればいい。無理はしないことだ。まだ先は長いからな」

そして冒険者オヤジは「眠っておけよ」そう付け加え、自分も目を閉じた。


雑談のおかげで何とか車内の雰囲気も穏やかになり、俺たちも新人冒険者の心得をいろいろ教わりながら、モービルは順調に走り続け数日が経った。

現在は最後の補給地点であるオアシスにいる。

このオアシスから先は『砂嵐』のせいか見渡すことができない。

おそらく目的の災害発生場所までは目前に来ているのだろう。


◆◇◆◇◆


休憩を終え、ここを出ればもう後戻りはできない、そんな意気込みの表情で各々のモービルに乗り込む冒険者たち、そして魔法術士たち。

俺たち遅刻組の大型モービルにも起動音が鳴りだし、俺たちは最後に乗り込もうとした……その時。


『バタン!』

俺たちが乗り込む寸前で、モービルの扉が力強く閉ざされた!


「な!?」

おい!まだ乗ってないぞ!!!


「ま、お前ら新米はそこで休んで俺たちの帰りを待ってな」

「まだ若い命を無駄にすることはありません」

車内から『アデュー』とポーズをとる冒険者オヤジと青年魔法術士。


唖然とする俺を振り落としたモービルは砂嵐の方角へと消えて行った。


「馬鹿か!?あいつらは!なに先輩風吹かせて格好つけてるんだ!!!」


「アーツ様は守ってあげたくなるお姿ですから仕方ありません」

憤る俺に、包容力のある笑みを見せて言うマイン。


「ラシェルも旦那様を守ってあげたい!」


「あなたたち何を言ってるの?……まあ私も守るけど」


というかお前たちこそ何を言ってるんだ。


とツッコんでいた俺だが、ここでゆっくりはしてられない。

俺はこの状況を逆手に取り行動を開始する。


オアシスに残された不要資材から、とりいそぎ簡易な筏(いかだ)を作り、皆を乗せる。

「しっかりつかまってろ!討伐部隊に追いつくぞ!」


俺はそう言いながら、もはや隠す必要のない精霊術を行使し、空から討伐隊を追う。


そしてようやく遠目に討伐隊が見え始めたとき……討伐隊の先から重低音が響いてきた。


『ゴオオオオオ!!!』

とてつもなく重い音と地響きがこちらに向かってくる!


「こ、これは!?」


マズい!これは砂嵐なんかじゃねえ!超大規模な土石流じゃねぇか!!!


その大規模土石流は、俺たちが追いつくより早く……討伐隊を飲みこんで行く。


……『砂嵐作戦』は始まる前から終わっていた。

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