第25話 竜虎相搏つ

「お前ら……いったい何やってるんだ……」

目の前の惨状に、俺は開いた口が塞がらなかった……。


『ドッガァーーーン!!!』

もの凄い勢いでぶつかる身体と身体!

『グワシッッッ!!!』

勢いもそのままに、手四つで組み合わさる衝撃が、周囲の空気を揺らす!!!


お互い力強く踏ん張る下半身!

その衝撃で、改装工事を終えたばかりの『な~が屋本家』前の広場に地響きが響き渡る。

ヤバい!……これ本当に地面が揺れてるぞ!!!


そんな地鳴りのするなかで、お互い譲らず力と力でぶつかり合う2人。


プロレスで言うところの『ロックアップ』だ!

いやぁ、生で観ると迫力あるなぁ!


「アーツ!なに現実逃避してるのよ?……止めなさい!」

リーファが完全に現実逃避している俺の意識を呼び覚ます。


え?……あれ、止めるの?俺が?巻き込まれたら死ぬぞ。

そんなことを考える俺の前で、戦いは今もなお繰り広げられていた。


「あなた!何者!?」

「お前こそ!誰だ!?」

……ワカとラシェルである。


「あなた、若旦那様のなんなの!?」

「お前こそ、旦那様のなんなんだ!?」

お前ら、自己紹介しろよ……。


◆◇◆◇◆


俺がワカを連れて『な~が屋本家』に到着し、少し目を離した隙にゴングは鳴らされ、戦いの火ぶたがきられたらしい。


ナーガは『竜王』とも言うし、河童は『水虎』という呼び方もある。

まさに『竜虎相搏つ』だなぁ!


「な、なに上手く言ってまとめようとしとるんじゃ!?そんな格好の良いもんじゃないわい!あの娘たち、最初からガンを飛ばし合っとったぞ!そしてお互いが近づいたと思ったら、いきなり対決が始まってたんじゃ!ワシは死ぬかと思ったぞ!」

たまたま近くで対決に遭遇し、命からがら逃げてきたドワーフが叫ぶ。


「あの怪獣たちを止めなくていいの?」


「もう放っておくしかないんじゃないか?」


いつしか間合いをとり、何処からか薙刀を取り出したワカは、風を切る風圧と共に、もの凄くインパクトを乗せた薙刀を、ラシェルに振り下ろす!

ラシェルも負けじと巨大な甲羅の盾を軽々と扱い、すくい上げるように薙刀にぶち当てていく!


『ドッガーーーーーン!!!!!』

凄まじい衝撃で薙刀と盾がぶつかり合い、2人の下半身が地面にめり込む!

薙刀と盾はつばぜり合いで擦れあい、バチバチと火花をあげていた。


その勢いは収まることなく、いつの間にか彼女たちの周りにドワーフ職人や老エルフ、亜人スタッフたちが見物に集まってきた。

そして各々が2人を取り囲むように座り、酒とつまみを持ち出し応援や賭け事をし始めた。

なぜかマインはその場を仕切り、賭けの元締めをしていた……なにやってんだ。


『やんややんや』の大騒ぎである。


「だろ?まあ危なくなったら止めに入るから、俺たちは開店準備を進めよう」


「はぁ……そうね」

リーファはため息をつき、諦めたように首を振る。


『ポンポン』

俺はリーファの頭を撫でてあげ、赤い顔で見上げてくるリーファにこの場を任せ、食材確保に向かった。


◆◇◆◇◆


俺がいくつかの拠点で食材確保の根回しをしたあと、戻ってくると対決は終わったところだった。

ちょうど皆の見てる前だったので、俺は2人の健闘を称えてからワカの紹介をした。

皆も『な~が屋本家』女将の登場を拍手で迎えてくれた。


なお対決の結果は引き分けだったらしい。

おかげで賭けは払い戻しだったが、この余興は大いに盛り上がったようで、職人やスタッフたちは気持ちよく仕事に戻って行った。


『これ、イケるな!』

その様子を眺めていた俺は、ふと思い付く。

これって、この世界の娯楽にできるかもしれないな……。

そんな考えをまとめながら2人を見ると楽しそうに話している。

良かった、仲良くなれたようだな……俺は2人の元へ歩いて行った。


「お疲れ様、自己紹介は済んだようだな」

2人はすっかり仲良くなったようで、笑顔で話し込んでいた。


「はい♡」

「はい♡」

2人は嬉しそうに対決の感想を伝えてくる。


「ワカちゃん凄いんです!あの反った竿……もとい反った薙刀から繰り出される変幻自在の突きには、初(うぶ)な乙女もイチコロです♡」


「若旦那様から教えていただきました」

顔を赤らめて恥ずかしそうに答えるワカ。


……教えてないぞ。


「ラシェルちゃんこそ凄いです!それにあの亀の頭……もとい亀の甲羅のガチガチの硬さは若旦那様そっくりで、どんなご婦人も抗えません♡」


「旦那様から教えていただきました」

赤い顔で嬉しそうに答えるラシェル。


……だから教えてないぞ。


というか、教えるものじゃないだろそんなの。

何を言ってるのかよく分からないが、お互いを褒め称えてるようなので放っておこう。

……疲れた。


と、ふいに。

「あらあら、楽しい話をしてますわね」

いきなり俺の後ろから顔を覗かせるマイン。


「おわっ!?」

びっくりしたー!


「その辺の事、もう少し詳しく話していただけるかしら?」

マインにはワカとラシェルの話の神髄が伝わったらしい……ノリノリで2人を連れて行った。


「おーい、開店準備も頼んだぞー」

俺は宿の方に去っていく3人を見送った。


女将と採用担当、あれなら宿の準備も大丈夫だろう。


こうして、皆のおかげで予定より早く『な~が屋本家』はオープンすることができたのだった。


◆◇◆◇◆


予想はしていたが、その俺の予想をさらに大きく超え『な~が屋本家』は大繁盛店となった!


宿で出される焼き鳥、唐揚げ、魚の照り焼き、かつ丼、親子丼など超がっつりメニューは、討伐作戦を控えピリピリした冒険者たちの胃袋をしっかりと捉えて離さなかった。

もちろん甘味オイルを使ったアヒージョ等お洒落メニューも充実させ、女性にも大好評だった。


そしてついに、秘蔵にしていた『甘味ワイン』も極秘公開した。

超々高級ワインとして中央都市ミドルーンの富豪たちに口コミで広まるようになり、富豪がお忍びで来るようになった。

その富豪たちがお忍びで泊まることのできる『な~が屋隠れ』も建設計画がスタートしている。

オイルマッサージについては、ちょっとエロ過ぎて未だ秘匿にしてある。


こうして大繁盛の今では、店に入りきれない冒険者たちが、宿の外に作られたオープンテラスでエール酒を飲み、焼き物を頬張りながら歌を歌い、楽しい時間を過ごしている。

最近ではこの冒険者たちに紛れ込み会話をするのが、俺の情報源として必須になっている。


だが、こうして『な~が屋』が世に知られていくのは良い事ばかりではない。


「おうおう!誰のゆるしを得てこの地区で商売してやがるんだ!」

以前からこの地区の住人を食い物にしてきたのだろう、チンピラやゴロツキも呼び寄せていた。


「この店の責任者出てきやがれっ!!!」

かつての無気力で弱者しかいないと勘違いしたのかこいつらかなり強気だ。


「私が女将です」

宿の暖簾(のれん)をかき分けワカが出てきた。


「うへぇ、えらく別嬪な女将じゃねぇか……こりゃあ金だけで済ませるのはもったいねぇな」

ワカを見て調子づいたのか、下っ端は下卑た笑いを浮かべて言う。


「はぁ、とりあえず命が大切ならお帰り下さい」

もう慣れてきたのかワカは優しく下っ端に言う。


「はぁぁぁ!?舐めてんのかお前?へっ!兄貴を見てもその舐めた顔をしてられるかな?兄貴ーーー!!!」

下っ端の典型的なセリフで、奥から人?がやって来る。

ん?あれは……人じゃないな。


「俺たちに舐めた真似してやがるのはお前かぁ?」

兄貴はタイタン族だった。

でかい……2階建てのビルから見下ろされてるようだ。


「誰が来ても同じです。命が大切なら……」

と同じようにワカが言おうとした時。


「ワカ、宿が忙しいでしょ?私がやっとくよ」

ちょうど庭の掃除が済んだのか、ホウキを持ったラシェルがやって来た。


「いいの?ラシェルも仕事あるんじゃ?」


「大丈夫、ひと段落ついたから。ちゃっちゃと済ませるね」


「ありがと♡じゃあ宿に戻るわね」

と、心配もせず戻って行くワカ。


「じゃあオジサン、始めようか?」

と背中の甲羅を軽々と持ち上げ、ズシンと地面に立てる。


「今日はラシェルさんだ!ラシェル!ラシェル!」

宿の2階からスタッフたちが応援しだした。

ん?あいつらの着てる法被(はっぴ)だが『ラシェル命』とか書いてないか。

よく見ると『ワカ命』とか『リーファ姫』とか『マイン神』とか書いた法被を着てるスタッフがちらほら。

俺は眩暈がしてきた……。


そんな俺の気持ちも知らず、ファンの声援に応えるように巨大な甲羅を皿回しのように回し始めるラシェル。


「ぐぬぬ!てめえ!舐めるな!死にやがれ!!!」

完全にブチ切れたタイタン族が、そんなラシェルに向かって、最大限の力を込めた拳を振り下ろす!!!

拳の重さと振り下ろされる高さ、そして極太の筋肉からくりだされる拳は、下にあるものを粉々に粉砕するであろう。


『ドーーーーーン!!!!!』

皿回ししていた甲羅でいとも簡単に止めるラシェル。

……粉砕したのはタイタン族の拳の方だった!

拳だけでなく片腕全てが爆発して無くなり、肩から下を吹き飛ばされ血みどろのタイタン族が逃げていく姿を、ラシェルは慣れたようにホウキで掃いて見送った。


ラシェル……あの自信なさげなお前は何処へ行った?


だが、このバトルが人気なのである。

最近ではこれを目当てに来ている客もいる。

なぜかバトルのイチバン人気は『ワカvsラシェル』だ。

バトルをネタに賭け事も始まっている。

当然俺はそれらを管理しルールを明確にしている。

こうして市場調査をしながら、俺は北部地区の奥にコロシアムを建設する計画も進めはじめた。

あとはプロモーター、いわゆる興行主と参加選手と観客、屋台などの準備が整えばスタートできる。


今回の『砂嵐作戦』ではそういった戦士……選手のスカウトもできればと思っている。


こうして、様々な方面からの北部地区復興計画が好調に始まった。

そして徐々に街に明かりが戻り、住民たちの顔にも自信と笑顔が戻りながら討伐『砂嵐作戦』の出発日を迎えていった。


……余談ではあるが、俺が宿の廊下を歩いていたとき、拾った男性用の法被に『アーツLOVE』と書かれていて震えたのは秘密だ。

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