第20話 オイルショックあるいはオイル相場

……とある街にて。


『……ったく店の前で何やってんだ!営業妨害だぞ!』

そう思いながら、ブラン商店店主オーレン=ブランは、今店の前で繰り広げられている言い争いを、ため息をつきながら眺めていた。


さっさとその3人組を追い払わなかったのは、わりと良い身なりをしていたからである。

『ん?3人組じゃねぇな。他人同士か……しかもあいつらも商人か?』

言い争う声がブランの元まで届く。


◆◇◆◇◆


「ですから!私たちフォックス商会がそこの彼より多く支払うと申しているのです」


「おいおい、割り込みはいけねえよ!このご夫人とは先に俺が話してるんだ!タートル問屋を舐めるんじゃねえぞ!」


「まあまあ、どうしましょう……わたしどもの新商品『甘味オイル』をそこまで気に入っていただけて嬉しいのですが、あいにくと本日は商品の手持ちが少なくて……」


『!?甘味オイル?新商品?何だ?あの流通の少ない希少オイルとは違うのか?』

ベテラン商人を自負するブランの心がざわつく。


そんなブランをさらに刺激するかのように、目の前で3人の言い争いが続く……どうやらまだ揉めているらしい。


『けっ、駆け出しの商人どもが!……俺が根こそぎいただいてやる!』

と企んだブランは、商売人の笑みに切りかえ、手もみをしながら3人に歩み寄っていくのであった……。


その数時間後……また別の街で……。

「お前ら!人の店の前で何を話してやがる!……その取り引き話に俺も入れろ!」

と、この街にも1人、目の前の言い争いに吸い寄せられる商人がいた。


……そしてまた別の時刻、別の街で、また別の商人が、言い争いに吸い寄せれられるのであった……。


◆◇◆◇◆


「ふう、こんなもんかな」

ハイドシップに戻り変身を解いた俺は『うーん』と伸びをした。


「アーツ様、お疲れさまでした。はいどうぞ」


「お、サンキュ、マインたちもありがとう、ゆっくり休んでくれ」

俺はマインの入れてくれた紅茶を飲みながら、商店でもらった焼き菓子をテーブルに広げる。


「最初は緊張したけど、2回目以降は楽しみながら演じられたわ」

リーファは焼き菓子をパクつきながら、これまでの作戦の感想を述べた。


「その緊張も良い演技に繋がったよ、ありがとう」


「でもこれで何かいいことあるの?」


「ああ、あの商人たちも予想通り動いてくれたし、目的は果たせた」


俺たちは、いくつかの街で様々な商人に変身し、少しずつ『甘味オイル』を市場に流通させていった……。

その結果、甘味オイルの出どころを曖昧なものとし『いつの間にか、希少オイルの新商品が流通している』状態をつくりだした。

『な~が屋』で売られる甘味オイルも、これ以上出どころを追及されることもなくなるだろう。


「これで俺たちが中央都市ミドルーンで甘味オイルを売っても怪しまれない……俺たちも見ず知らずの商人から買ったことにするからな」


「なるほどねー」モグモグ。

リーファはどうやら焼き菓子がお気に召したらしい。


俺はそんなリーファを横目に考える。


それにしてもこのやり方、価格相場も簡単に操れるな。

しかも相場師の所在も不明にできる……これはヤバい。

元商売人として、さすがにこの手法には抵抗があるので、普段は封印しておこう。


そうして2人をハイドシップに残した俺は、現在中央都市ミドルーン東門の上空にいる。

その上空に佇みながら東門の検問所を観察していた。


とにかくこれで甘味オイル流通工作とエルフ隠ぺい工作のふたつの難題が解決できる……あとは中央都市ミドルーンに程近い街に撒いた種が、花を開くのを待つだけか。

そんな事を考えていると、凄い勢いで東門に向かう1台の荷馬車が見えてきた……来たか。


「ん?あれは……ブランとかいう商人だったか?」

……そうして観察を続けていると、俺たち偽装商人から甘味オイルを購入した商人ブランが『我こそ新商品1番乗り!』と言わんばかりに中央都市ミドルーンに入って行く姿が見えた。


「よし、じゃあ俺たちも続くとするか……」

商人ブランが無事に中央都市ミドルーンに入ったのを見届けた俺は、ハイドシップを森の中に隠し、偽装行商人としてマインたちと東門へと進むのであった。


◆◇◆◇◆


俺たちは無事中央都市ミドルーンの門をくぐる。

実際、検問は思った以上にあっけないものだった。


これもブランが新商品1番乗りで騒いでくれたおかげだな。


俺たちは人間種族の行商人に変身して潜入を試みた。

そんな俺たち3人の光精霊術の偽装も、甘味オイルの前では霞んで見えたのか、全然疑われずあっさりと中に入ることができたのである。


しかもありがたい事に、俺たちのあとからも甘味オイルを持ち込む商人があらわれたりと、ちょっとした甘味オイルラッシュになった。


懸念していた魔法術の力……フォース感知器による検査も、行商人に偽装したマイン、リーファ共にフォース『ゼロ』だった。

その護衛に偽装した俺は、何故かフォースが『測定不能』と出たが、甘味オイルラッシュの受入れに忙しい検問官たちは、そんな俺を気にせずスルーした。

測定不能……ドワーフおやじに何て言えばいいんだ。


「なんか、あっさり入れちゃったわね」

拍子抜けしたようにリーファが言う。


「分かってないな、誰も気にしない、大したことない、そう感じさせることが大事なんだ。そんな何でもない空気感の裏にこそ、指揮者の計算や根回しが隠されている。リーファのその感想、俺には最大の誉め言葉だよ」


リーファにそう答えた俺は、まずは門をくぐった目の前の広場に大きく構える商業ギルドに向かう事にした。


何処の街でもそうだが、商業ギルドは街の入口付近に大きく建物を構え、商人や冒険者が到着後すぐに品物を納めることができる配置になっていた。


ん?商業ギルドの前が騒がしいな……大都会ではいつもこんななのか?

人混みを避け、俺たちが商業ギルドに入ると、そこは異様な空気に包まれていた。

商人たちが鬼気迫る勢いで叫び、商業ギルド局員たちが血走った目で言い返している!


……あ、これ甘味オイルの奪い合いだ。

俺の目の前で、甘味オイルの競りが行われていた。

……いたのだが、しかしどうみてもこれ奪い合いだ。


ん!?ヤバい!甘味オイルの値段がどんどん吊り上がっている!

これはマズい!あまり値があがると売る時に目立ってしまう。


俺は値段を吊り上げることはせず、その場の勢いに任せて甘味オイルを売り抜けることにした。


◆◇◆◇◆


「つ、疲れたわ……アーツは元気そうね」

商業ギルドの熱気にあてられたリーファは、元気な俺をジト目で見てくる。


「そうか?あそこは商人の戦場だからな……でもハマると燃えるし楽しいぞ」

俺は後ろ髪を引かれながらも、退出した商業ギルドを振り返って言った。


そんな俺の熱気を感じ取ったのか、マインが俺に腕組みしながら言う。

「アーツ様、目が子供のようにキラキラしてましたわ♡」


「そ、そうか?でもそうだな、ああいう姿を見てると落ち着いたらこの世界でもやってみるかなって気持ちになるよ」


「はい♡」


「でもアーツ、あなた若旦那なんでしょ?」

べーっと舌を出し、とツッコんでくるリーファ。


「あ、あれは成り行きだ……と、とにかく何処から向かうかだな……ん?マイン?」

俺は言いながら、腕を組んでいるマインに力が入ったことに気づく。


「それでしたらアーツ様、見ておきたい場所があります」

腕組みをしたままのマインが『北部のエルフ地区に行きたい』と、そっと告げた。


「そうだな、北部地区は俺も気になってた……よし、行こう」


俺たちは、北部地区……エルフの町に向かうことにした。

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