第17話 お宿長屋の夜は更けて
……宿に降り立った俺は、とりあえず宿の裏庭にオイルの実を積み上げていく。
その間に、裏庭にいた使用人に若女将を呼んでもらった。
「はーい!……わっ!オイルの実がこんなにたくさん!それに凄いお魚たち!!!」
目を真ん丸にして驚く若女将に俺は考えを告げる。
「若女将、ちょっと良いか?……宿の修繕費のことだがこの甘味オイルで賄えるだろう……そこでだ……さらにやって欲しいことがあるんだが……ちょっとしたコンサルを受けてみないか?」
「コン……サル?……狐と猿ですか?」
意味が分かってない若女将。
「そうか、意味が分からなくてすまない。コンサルというのは若女将の宿を儲かるようにする提案・助言みたいなもんだ。どうかな?」
と言いながら俺は自分の考えを話してみた。
「この集客数では……たとえ建物を修繕してもこれから厳しいと思う。だからコンビネーションが必要になってくる……宿は続けながらも敷地内に酒場を併設して、この甘味オイルと甘味ワインを使って客をもてなすんだ……もちろん高級志向を取り入れる。泊り客以外の集客も積極的に狙ったほうが良い。とりあえず先ずは商業ギルドに来てもらってオイルを少し換金する……当座の資金を捻出するんだ……あと問題は精霊力不足による温泉不足だが……とりあえず水を貯めてプールにでもするか、それとも貯水槽にするか、氷室にしてしまうか……」
俺は矢継ぎ早に考えながら話を進めた。
俺の話に聞き入り、驚きながらも徐々に目を輝かせてくる若女将。
「!!!……すっかりバレてますが、この宿は経営難でした……でも!アーツ様のおかげで光が見えてきました!!!」
若女将は涙目を浮かべていたものの、俺の言葉にぐっと拳をふり上げる!
「エイ・エイ・オーッ!!!」
……俺はこれだけでは終わらない……さらに畳みかけるように提案。
「ところでこの宿の名前は何ていうんだ?」
この宿は看板がなくて、ずっと気になっていたんだ。
「えっ!?名前?……なまえ……」
ん!?若女将の目が虚ろになってきた。
「店の名前とか……あんまり考えたことがないです……」
……やっぱり……。
「そ、そうか……それじゃあ宿の名前が必要だな!名前をつけたら次は看板だ」
……ちょっとカルチャーショックを受けながらも気を取り直して言う。
「なまえ……どうしましょう?……」
そう言って、若女将は思考が停止した目で俺をじっと見つめる。
……おい、お前、考える気ないだろ!?
……黙る若女将……こっちを無言で見つめるのやめろ……。
……仕方ない。
「女将がナーガの長屋だから『な~が屋』で良いんじゃないのか?」
……投げやり気味に答える俺。
「はい!じゃあ今日から『な~が屋』です!さっそく看板を付けてもらいます!」
「……おいおい!良いのかそんなに軽いノリで!?」
俺、ちょっと心配になってきたぞ……。
「アーツ、あなた何だか活き活きしてるわね……」
俺のスピードに乗った行動に、ただならぬものを感じるリーファ。
「ああ、なんだか昔を思い出してね……それと、このまま廃れさせてはドワーフおやじに申し訳ないからな」
俺は、早速てきぱき動き出した若女将を眺めながらそう答えた。
「あとは……ちょっと街の様子をみてくる」
そう言いながら俺はまた宿を出る準備をする。
「……また行くのね」
慣れたのか呆れ顔をしながらもリーファは送り出してくれた。
マインはいつも通りの微笑みで見送ってくれた。
◆◇◆◇◆
……宿に戻ると、夜も更けたからか部屋では2人ともぐっすり眠っていた……。
……くっ、またしても2人にオイルマッサージできなかった……。
俺は2人を起こすまいと隣の部屋で寝ることにした。
誰もいない部屋……ゴロンとベッドに寝ころび、横になって街でのことを思い返す。
……ザメ兄弟による襲撃事件は有耶無耶になっていた。
襲撃者であるザメ兄弟が行方不明で跡形もなく消えてしまっていたからである。
……あとは何組かの酔客に酒をおごりながら『あの宿には手を出さない方がいい……あの宿に手を出すとヤバい……』などという、こちらに好都合な噂も流しておいた。
……いろいろあったが船も手に入ったし、明日には出発だな……。
そんな考えで締めくくり、そろそろ眠ろうとしたとき……あのメロディが流れてきた!
『くーるー、きっとくるー』
……足元から……以下略。
「えへへ、アーツ様ぁ♡」
俺の胸にダイブしてくる若女将。
「ま、また来たのか!?」
「いえいえ、今日はちゃんとお礼とお話があって来ました」
「……話?」
「はいアーツ様、ここまでしていただいたのにわたし何もできないのが心苦しくて……」
「気にするな……マインたちを匿ってくれたし俺たちも助かっている」
「わたしこそマイン様たちと仲良くなれて嬉しいです。たくさんお話も聞かせてもらいました」
……と改めて真剣な表情になり、俺を見る若女将は続ける。
「ここまでしていただいて図々しいかもしれませんが、お願いがあります!」
「お願い?……なんだ?」
「是非……是非この宿の旦那様になっていただけないでしょうか?」
「!?旦那様?……いったい何なんだそれは?」
「……はい……まあ共同経営者みたいなものと思ってもらえれば……お宿の名付け親でもありますし……」
「共同経営者……経営者か……」
この世界でも経営者か……。
……俺は少し考え……結局のところ『まあ良いか』となった。
どちらにしても甘味オイルは今のところ俺しか届けられないだろうからな。
『な~が屋』のこれからも気になるし……。
「分かった……でもあくまでもメインは若女将だぞ。俺はほとんど『な~が屋』には来ることができない……だから若女将が頑張ること!」
と釘を刺しておく。
「やったぁ!!!宜しくお願いします若旦那様♡」
喜びで、頭を俺の胸にぐりぐり擦りつけてくる若女将。
『ぐりぐり……ぐりぐり……』
「それでは失礼して……」
と言いながら、平然と俺を脱がし始める若女将。
「おわっ!?いきなり何をする!?」
「え?若旦那様の就任祝いです♡……あ、大丈夫です。オイルマッサージは若旦那様だけへの特別サービスですから」
と言って、突然自分自身にオイルを塗りたくり、オイルまみれになりながら俺に迫ってくる若女将。
……そして俺の耳元に口を近づけ若女将が甘く囁く……。
「震えて眠れ……」
いやいやいや、また使い方間違ってるぞ!!!……誰やねん!?変な言い回し教えるのは!!!
……と抵抗むなしくその後は若女将のなすがままにされる俺であった……。
……数時間が経ち……。
……たっぷり搾り取られた俺は、本(ブック)に戻ってしまうほど出し尽くしてしまう寸前、なんとか若女将の魔の手・魔の舌から逃げ出すのであった……。
……オイルマッサージじゃなかったのかよ……。
……次の朝……。
『ブルッ』
俺は宿を発つ用意をしながら……昨夜の事を思い出して……ちょっと震えた。
「どしたの?アーツ」
リーファはきょとんとしている。
「いや、なんでもない……」
……そういや2人は隣の部屋でぐっすり眠ってたんだった。
と、2人の様子を見ると……マインの微笑みが何故か怖く、何故かリーファが鼻をくんくんしていたが……きっと大丈夫だろう……たぶん。
などと俺たちは三者三様の思いを胸に抱いて部屋を出た。
……さて、宿を出る際に若女将に挨拶する。
「またお待ちしてます若旦那様♡」
ニッコリと艶っつやの笑顔でそう話す若女将が眩しい。
「若旦那???」
???な顔をするリーファ……共同経営者の事です。
俺はそんなリーファに、考える隙を与えず宿を出た。
これから俺たちは中央都市ミドルーンを目指す。
まだ見ぬ危険もあるだろう、気を引き締めて行かねばならない。
まあ昨夜の事を思うと説得力はないのだけれど……。
「……というか俺、この宿で全然ゆっくり休めてないぞ」
……と俺は独りごち、宿を後にするのだった……。
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