第14話 夜の完全犯罪

さて……どうしよう?……うん、思いつかん。

戦闘経験なんてないからなぁ……。


だから……作戦は簡単に考えよう。

相手の居場所を探すのも面倒だし……待つだけだ。

今のところ直接的な危害は受けていないので、こちらから攻めるのも違うような気がする。


……だがザメ兄弟は必ず来るだろう……この宿は、普段からもターゲットにされているらしいし、俺たちの泊まりそうな宿ってここくらいだからな。


そして、ここできっちり迎え撃っておいた方が『今後この宿に手を出すのは命知らずのする事だ』と皆に知らしめる事もできる。


間もなく日が落ちる……俺はひとり宿の上空に浮いていた。

マインたちには精霊玉を大量に持たせ宿のなかで待機……籠城準備はバッチリだ。

何故か若女将もやる気になっている……。


上空に浮かんだ俺は、とりあえず風を起こして自分の周辺に雲を集め、自分の姿を隠した。


……それにしても……俺は若女将の言葉を思い出す……。

エルフが狙われる理由は分からないという……ただ非常に高額で取引されているという噂があるようだ。

若くて美しいから性的な理由もあるのだろうが、どうもそれだけではない高額な取引になっているらしい……中央都市に近づくほど、情報は精査されると思うのだが……。


そうして考え事をしていると、幾ばくかの時間が経ち夜のとばりが下りた。

さて……はたして奴らはやって来た。

男達は大通りに面した目立つ正面玄関を避け、宿の裏から襲撃するつもりらしい。

……人数にすると20人くらいか……ローブ姿の魔法術師が5人と……残りは戦士や盗賊っぽいな。


「……こんなことなら雨でも降らしておけば良かった……」

俺は相手の数に少しビビりながら、準備不足を嘆いた。


そんなふうに俺が空から見ていることもつゆ知らず、魔法術士を後衛に残しながら、前衛戦士達が徐々に前進し、忍び足で宿に近づいてくる。


そんななか、魔法術師の1人だけが何やら呟き、杖の周りに淡い光を灯らせ始めた。

「……こいつだけ派手なローブだな……こいつがザメ弟か?となると兄は前衛の中か?」

俺は魔法術図鑑と照らし合わせてみたが、ザメ弟の魔法術が何か分からない……という事は中級以上の魔法術だろう……気になる。


しかし気にしていても時間の無駄だ、とりあえず先発部隊を何とかしないと。


俺は夜の闇に紛れて水精霊を発生させる。

そして先発してきた戦士達の顔にまとわりつかせて意識を刈り取る。

……手加減が分からず……窒息しても仕方ないと覚悟する。


……突然先発の戦士達がバタバタと倒れ、後衛近くの戦士達に緊張が走る!

動揺と緊張のなか、それでも戦士達はじりじりと広がりながら、進んできた。


俺もこのまま時間をかけても良いことはないと判断し、まとめて葬ろうとした時……。


『ダン!ダン!ダン!』正面玄関の方から大きな音が聞こえてきた!


「!?」外の玄関前に宿の使用人らしき女性がいる。

入れてくれるよう玄関の扉を叩いているようだ。

……おかしい……誰も外に出ないように言っておいたのだが……。


俺はすぐに、風精霊でマインとリーファに告げる。

「マイン、リーファ、俺は玄関に向かう!すまないが待機は終わりだ!宿の裏地に展開してる奴らを迎撃してほしい!ひとり残らず倒してくれ!」


宿に損傷を与えたくなかったが仕方ない、命を優先し、マインたちに精霊術をぶっ放してもらうことにする。


そうして俺が玄関前に降り立ったとき……若女将が扉の隙間から覗いたのだろう、玄関を開けているところだった。


「バァーーーン!!!」

少し開いた扉を、その女使用人は力任せに開け、若女将を後ろに突き飛ばした!


……そして、その女使用人の姿が朧げになり……そこには大剣を持った大柄な戦士が立っていた。


「うはは!ちょろいもんだ!弟の光魔法術『イリュジオン』は相変わらず便利だぜ!」

若女将を前に、ザメ兄であろうその巨漢は舌なめずりする。


「おい蛇女!お前の色っぽいその面も犯してやりたかったがなぁ!ここにはエルフ女がいるだろぅ?お前よりも金になる上玉だぁ!……そいつらを売りさばくまでの間、犯しぬくもんでなぁ!……とりあえずお前は死んどけやぁ!!!」

ザメ兄が大剣を大上段に振り上げ、まさに若女将に振り下ろされようとしていた!


『!!!』

俺は風精霊の爆風に乗り、瞬時にザメ兄と若女将との間に割って入っていた!


……ヤバい!考えなしに飛び込んだぞこれ!

……俺の視界いっぱいに巨大な大剣が映る!


その引き絞られた極太の両腕は、力任せに振り下ろされ、大剣が俺の脳天に直撃する!?


死ぬ!?……死を覚悟した俺は目を閉じ、訳も分からず両手を頭上で交差し脳天に振り下ろされる大剣を防ごうとした!

その瞬間、俺の身体から精霊力がほとばしる!


『ガキーーーーーン!!!!!』

……唐突に鳴る大きな衝撃音!


……恐る恐る目を開けると、そこには氷……氷河のような分厚い氷が俺を守っていた……いいや違う、守ったんじゃない……倒したんだ……。

……ザメ兄は大剣を振り下ろす途中の姿で、息絶えていた……完全に凍らされていた。


大剣を押し止めた氷は、そのままザメ兄を飲み込み巨大な氷の塊となっていた。


俺の両手から大量の精霊力を感じる……そうか!これは!

……気づいたら精霊力が開放されていた!これは!?水と風が融合している?


ちっ!今はそんなことよりも時間がない!

俺は若女将の無事を確認すると、すぐさまマインたちの元に向かった!


俺の心配をよそに、宿の裏手では戦闘があっさり終わっていた。


「アーツ、この精霊玉……威力が強すぎて普通に使うと台風が起きちゃう!……逆に小出しにするのが大変だったわ」

額に汗を浮かべ、疲れたように言うリーファだったが、勝利の達成感から笑みを浮かべている。


「でも戦闘は有利に進めることができました。ありがとうございますアーツ様」

マインも笑みを浮かべて伝えてくる……胸元に流れる汗が色っぽい。


俺は、そんな2人を労い裏手の惨状を確認する。


嵐が過ぎ去ったような爪痕を残している……宿にも被害があったが仕方がない。

男達は、水浸しで水死したり切り刻まれて死んだりしている……ザメ弟もどれか分からないくらいの状態だった。


それにしても壮絶だな……夜のうちに何とかしないと……。

俺は少し考えながら、さっき自分に起きた現象を再現できるか試してみた。


両手に水と風の精霊を生み出し……それらを手の中でまとめる。

「パーーーン!!!」

俺は胸の前で合掌するように、力強く柏手を打った!


……水と風が融合し氷の精霊力が生み出された!

見ていたマインとリーファが驚いている!


うまく行った!

俺はその冷気で死体の全てを氷漬けにした。

そして、玄関に放置されたザメ兄の氷塊とともに、まとめて風精霊で空高く浮かび上がらせる。


「……どうするの?それ」

俺の力に呆れたリーファがジト目で聞いてくる。


「……ちょっと……捨ててくる」

そういうと、俺は自分も上空に浮かぶ。

この氷漬け達を引き連れて遠くへ……人の寄りつかない森の奥深くへ飛んで行くのであった。


この後どうしたかは説明不要だろう……『THE・完全犯罪』


……しいて説明をつけ加えるなら、森での作業中に嬉しい発見があった事だろう。

ヤシの木っぽい大樹を見つけたので、喉を潤そうとその実を砕いてみると、中から出てきたのは果汁ではなく、とろみのあるオイルだった。

いちおう舐めてみる……ほのかな甘さはあるが……まるでオリーブオイルだなこれ。


若女将も喜ぶかな?宿の被害のお詫びに持って行こう。

いらないものなら俺がもらっとけば良いし。

俺は、幾つものオイルの実を風精霊で空に浮かせ、宿へと戻っていくのであった。

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