第13話 昼飲みは最高の贅沢
突然ですが、昼飲みは最高の贅沢なんです。
ということで、俺はこの街でも情報収集を兼ねて、昼飲みをしていた。
流石に前よりも大きな街という事もあり、酒場は昼間っから繁盛していた。
もしかすると、ここが冒険者ギルドに併設する酒場だからかもしれないが……。
冒険者ギルドは宿から少し行ったところに大きく構えられていた……その隣には『教会』ならぬ『協会』……。
……街へ着いて最初石畳の先に見えた巨大建築物は『教会』ではなく魔法術協会だった。
「幅きかせてるなぁ……」
冒険者ギルドよりも大きく真ん中を陣取る魔法術協会は、今の時代の一大勢力なのだろう……。
そして冒険者ギルドは魔法術協会の隣に位置し、現在の二大勢力であることを主張していた。
……ちなみに本物の『教会』は、街の外れに小さく佇んでいた。
冒険者ギルド!心を擽る響きだ!まるで子供の頃にしたRPGの登場人物になったようだ!
そんな理由で俺の本日の昼飲みは冒険者ギルド併設店に決まった。
……いま俺はひとりエール酒を飲んでいる。
この世界でも炭酸は喉越しらしい。
しっかりと効いた炭酸を感じながら、俺は『魔法術図鑑(子供のための)』を読んでいた。
おお!これ、すっごく分かりやすい!……俺は本のタイトルはともかく俺は心の中でドワーフおやじに感謝した。
分かりやす過ぎてイメージしやすい、俺の精霊術で再現できるぞこれ……『魔法術図鑑』に載ってる内容は、属性さえ合えば、俺の精霊術で真似できそうだった。
……疑似魔法術的な?……感じ?
お酒で気分が良くなっていた俺は、ついつい指先に精霊力を集め、小さい風を起こし、形だけ格好つけて、図鑑に載る初歩魔法術を渋く唱える……『ウインドカッター』……お!皿の上の干し肉が細切れになった!
おっ!かっけー!ドワーフおやじに見せてやりたい!
……そこへ聞こえてくる嗤い声。
「へっ!駆け出しの冒険者か」
「あんな小さい魔法術で浮かれやがって……」
「……新米冒険者あるあるだな」
と、俺の風精霊はいろんなテーブルの声を拾っていた。
……ちょっと恥ずかしくなった俺は「コホン」と佇まいを直し、細切れになった干し肉をかじった。
……どうやら冒険者の目で見ても、俺の疑似魔法術は、本物の魔法術に見えるらしい。
これはいつか使えるかも……と俺は魔法術図鑑の内容を、全て本(ブック)に記録した。
そして本を記録してるとき……ふと思い付きで、以前の知識データとこの世界で得た知識データを並走させてみた。
すると、なんとデータが統合され、新旧二つの世界の知識がきれいに纏められた。
これは便利だ!……『以前の世界にあり今の世界にないもの』そして『今の世界にあり以前の世界にないもの』など様々な情報が、俺の中に整理整頓されていく。
要するに『この世界なら流行るんじゃないか?』ってものが整理されたことで、たくさん見つかったのだ。
ビジネスは、以前の世界でもう成功し、満足している俺ではあったが、この世界の新しい文化・産業の可能性には目をみはるものがあった……。
そんな文化・産業革命の可能性を夢想していると……離れたテーブルから剣呑な内容を話す冒険者たちの、そんな会話を風精霊が拾ってきた……。
「おい、今この街にエルフが来てるらしいぞ」
「エルフ?今どき珍しいな……噂になるってことは女か?」
「ああ、どうも検問所でザメ兄弟の手下と揉めたらしい……」
「ザメ兄弟!?あいつら闇ギルド絡みの組織だろう?しかもヤバい薬やブツを扱うと有名だぜ……」
「兄は狂戦士、弟は魔法術士……またやっかいな連中に目を付けられたもんだ……くわばらくわばら」
……検問所の前で、絡んできた連中か。
その時は大した事はないように思えたが、この街では有名な悪(ワル)らしい。
……俺は、注文しておいたテイクアウトと店一番の酒を受けとり、ギルド酒場を後にし、足早に宿に戻ることにする。
……買った酒は、お礼と共にドワーフおやじに渡しておいた。
宿に戻ると、マインとリーファが玄関で若女将と楽しく談笑していた。
……ん?リーファの顔が赤い……。
「あ、おかえりなさい」
若女将が出迎えてくれて、満面の笑顔でそのまま言葉を続けた。
「これから『このあと滅茶苦茶セックスした』するんですよね?本日のご夕飯は何時に……」
「はぁ!?」
丁寧に接客してくれる若女将の言葉を、途中で遮り俺は叫ぶ!
「いえ、マイン様が教えてくれたので……アーツ様のお国の『名言』なんですよね?」
……いや、それ「名言」じゃなくてむしろ「迷言」だろう!
ふと見ると、マインは色っぽい目で微笑み俺を見つめ、リーファは顔を真っ赤にして下を向いていた……何の話をしてたんだよ……。
いやいやいや、日常会話で使うんじゃない!と俺は心の中でツッこんだ。
この世界に無い事象を教える場合は吟味せねば。
……ちなみに『このあと滅茶苦茶セックスした』というパワーワードであるが、遠い将来にこの世界の辞書にのることになる……しかしそれはまた別の話。
「……とりあえずその言葉は忘れてくれ……」
俺はそう答えながら、若女将の身体をなにげなく見つめ、気づいた……あ、蛇だ。
若女将は下半身が蛇のナーガだった……よく見ると肌も青白くて艶やかだ。
「あ、今気づきました?」
若女将はニコッと笑って続ける。
「ご覧の通り、この宿は亜人が多い宿。なので人間はあまり来ませんから、安心してくださいね……というよりお客様自体が久しぶりなので大歓迎です!」
そのあと若女将は心配そうに続ける。
「ただエルフ……特に女性のエルフは、ちかごろ特に狙われやすくなってます……ですのでエルフをお連れのお客様にびっくりしちゃって」
「俺たちを受け入れてくれて助かる……でもそれじゃあ、この宿も危ないんじゃないのか?」
気になって聞く俺に若女将は、諦めたような笑顔で答える。
「大丈夫です……それに普段から私たち亜人は、ならず者に虐げられてますから……」
寂しそうに笑う若女将。
「ならず者……この街ではザメ兄弟ということか……」
……気に入らないな。
どちらにしても……この先もエルフである俺たちは、行く先々で目を付けられるだろう。
うまく立ち回って避けることもできるが、若女将の寂しそうな横顔を見てると……心が痛む。
……かつて経営者だった頃は、ドライに仕事をこなしてきたものだが……俺の本性は負けず嫌いなんだよ……。
……大きな商談の前の静かに燃える俺が、自分の中に蘇ってきた……燃えてきたぜ……。
「綺麗……」
若女将の呟きで、俺は自分が光っていることに気づいた。
気持ちが昂っているからか、自分の髪と目から、ブルーブラックの光が漏れている。
……この世界に来て初めて俺は人と戦うわけか……。
商売の争いには自信はあるが……リアルな戦闘は喧嘩も含めて未経験だ。
さて……どうしよう?
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