第2話 もしかして俺……本!?

『オレ死んだ?幽霊?』

女性の耳の事を忘れ、焦ってもがこうとするが、身体が動かない。


『死んじゃったのかー、身体も動かないし地縛霊かー』

と嘆いていると、また急に身体が動かされ、今度は鏡ではなく、直接女性と向かい合う。


『ぬおっ!しかも至近距離!』

女性の吐息が届く距離で見つめ合う……甘い香り、もっと近づきたい!


『宜しくお願いします!』……じゃなくて。


相変わらず理解できない独り言を呟く女性を眺めるに『やっぱりエルフなのかな、そして俺はやっぱり幽霊なのか』と焦燥感が漂う。


そんな諦めの焦燥感が漂うなか、自分の思いとは関係なく身体が揺れ動かされる。

そして停止したと思ったら、また正面から鏡を見る状態になる。


そうしていると急に身体を弄られる感覚が!


『うわぁぁぁぁ!はあはあ!』

強制的な快感?の中で目の前の鏡を見ると、女性が手に持った本を愛おしそうに摩っている。


『この感覚はやばい!……でもこれって!?』

本を摩る手の動きと俺への快感が同じ!!!!?


『もしかしてオレ本!!!!!?』


さっきまでの焦燥感が吹き飛び、快感の嵐のなか、何とか思考を巡らせる。


自分がもし本だとすると、鏡に映るのは俺じゃなく抱かれた本であることも理解できる。

摩られる本が自分の感覚になっているのも分かる。


『そうか、この女性が大柄というわけではなく、俺が本のサイズだから周りを大きく感じるのか……』

そうして意識を本に集中していると、なんだか背中の方が熱く感じられてくる。


『もしかして背中の感覚は双丘!!!?』

胸に抱かれているのだから、俺(本)の背にはタプンタプンの柔らかい巨乳が!


『あーもうダメかも』背中の感覚が全集中!


「*********!」


……と何だかもうイってしまいそうな感覚に身を委ねていると、こちらへ走ってくる足音と、綺麗な声?のようなものが聞こえてくる。


俺を抱く女性が、座ったままそちらへ身体を向けると、女性とよく似た、若い娘が目の前に立っていた。


「*********」


「*********」


どうやら二人は会話をしているようで、若い娘と会話をしながら俺を抱く女性は、俺を持ち運んでいるようだ。そして俺は何かの間に挟まれたらしく、視界は真っ暗に。


……あ、真っ暗になる瞬間、若い娘の耳がとがっているのが視界の端に映った……。


『ふぅ、暗い』

どうやら二人は部屋から出ていったようで、部屋は静かで、そして俺の視界は暗い。


驚きの連続が過ぎ去ってからしばらく、暗い中にいると、心なしか気分も落ち着いてきた。


どうやら俺は、よく分からない場所に、よく分からない状態……たぶん本の姿で来たらしい。


そんなよく分からない場所……常識では考えられない世界だろうから、あの女性たちはエルフなんだろうな。


『人(俺)が本として生まれるような世界なんだし!』


さてこれからどうするか?思考を深めると、データベースようにこれまでの全ての事が浮かんでくるが、現状で役には立たないだろうから、とりあえずデータベースに思いを巡らせるのは後にして、これからの状況確認から進めてみる。


経営者には現実主義者が多い、俺も現役時代は現実的で合理的だった。

なので先ずは目の前にある現実を状況分析せねば。


暗闇の中、意識を集中していると、左の方が薄っすらではあるが、ぼんやりと光っているように見える。


そこで俺は視線をそちらに集中する……すると視線が徐々に光の方へスライドしていき、急に明るい景色が見えてきた。


『これは……女性の部屋だ!』


身体が動いたという感覚は全くないので、視線だけが本の表面に沿って動いたという事か。


すると今見ているのは本の背表紙からかな?


女性の部屋はとても整頓されている、おそらく本である俺も本棚に整頓されたのであろう。


『ということは周りにいるのはお友達(本)か』


洋風のその部屋は、新築ではないがとても綺麗に保たれ、その女性の内面も美しさも想像される。


さて、どちらにしてもこのままの意識が続くのであれば、今の状況でできることを試していこう。先ず視界は確保できたので次は感覚だ。


弄られたり、押し付けられたり(胸を)の感覚はあったので、視覚と触覚を強く意識していく。すると視覚と触覚が混ざり合うような、そんな何とも不思議な感覚がしてきた。


女性の部屋に向けてその感覚を研ぎ澄ましても、何も起こらず、仕方がないので周りのお友達(本)があるであろう暗い方向へ感覚を研ぎ澄ませていく。


『何だか突き抜けれそうな気がする』

そうして頑張っていると急に視界が広がり目の前が明るくなった。


白い広大な世界に文字や挿絵のようなものが飛び交っている!


『これは……図鑑……の世界かな?』……どうも隣の本の中に意識を飛ばせたらしい。


気持ちを落ち着けると、文字や挿絵の様々な情報が整理され、俺のデータベースに送られてきた。そしてどんどん記録されていく。


なるほどなるほど……やはりこの世界は俺がいたところとは違うらしい。


子供向けの学術書なのか、この世界の地図や、種族、様々な暮らし、生態系なんかが子供向けに可愛らしく作りこまれている。


ただし分かるのは、文字と対になる挿絵だけで、発声が全く分からない。


ありがたい事に発音記号らしきものも載っているので関連付けて記録していく。


『あとは会話を聞きながら学んでいくしかないか』


先ほどの女性の独り言なども音声データとして俺のデータベースには記録してあるみたいだけど、いまいち分からない、なのでひとまず置いておく。




『さてと、次は逆だな』

俺は意識を裏表紙の方に向け、反対側の本へと飛び込んでいく。




『今度も図鑑か……いや?これは!?』

これはどうやら魔法のハウツー本のようだった。

……でも魔法というよりは、精霊なるものを召喚するハウツー本のようだ。




『エルフがいるから精霊の本も当たり前か』

ここまでくると俺は疑うこともなく、本の知識を記録していく。




『なるほどなるほど、使えたら便利すぎるぞこれ』


『あの女性も何かしらの精霊術が使えるのかな』

どちらにしても発声が分からないので、その精霊術を念ずる事もできない。


『これも女性たちの会話待ちだな』


両隣の本の世界はそれまでにして、さらに本棚の本たちに飛び込もうと思ったが、できなかった。どうやら飛び込めるのは触れ合う本だけらしい。


それからは、真面目に本として本棚の中で過ごす日が続いたが、ありがたい事に毎日かかさず女性は俺を取り出し、化粧台で俺を弄り独り言を呟く日が続いた。


おかげで音声データもあらかた集まったことと、図鑑に五十音的なものが記載されていたおかげで、女性が話す言葉が分かるようになった。

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