第298話:撤退

『……はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、なかなか、やるではないか』


 カナタたちを吹き飛ばした魔王は、肩で息をしながらそう口にする。


「くっ、痛ぁ」

「でも、これくらいで!」

「私たちを止められると思わないでよね!」


 痛みに顔をゆがめているカナタだったが、リッコとゴランはすぐに立ち上がると、武器を手に駆け出していく。

 向かう先はもちろん魔王であり、二人はほぼ同時に武器を振り上げた。


『ちっ、まだ来るか! 仕方がない、ここは!』


 鋭く振り抜かれたアクアウインドとグリンヴァイド。

 しかし、二人が剣を振り下ろした先に、魔王の姿はなくなっていた。


「なんだと!?」

「いったいどこに消えたのよ!」

「リッコ、ゴランさん! 上だ!」


 遠目から見ていたカナタには分かってしまった。

 二人の剣が振り下ろされる直前、魔王の背中から翼が生えると、高速で空へと舞い上がり、剣は空を切ってしまった。


「ここに来て、まだ強くなるってこと?」

「だが、負ける気はせんな!」

『……くく、くくくく、あははははっ!』


 リッコとゴランが剣を構え直したところで、魔王が突如笑い出した。


「何がおかしいんだ?」

『人間風情が、我に傷を負わせるだけでなく、一時的とはいえ決定的な場面を作り出したのだ、笑わずにはいられまい!』

「あら、魔王って意外と正直者なのね」


 魔王の言葉にリッコが挑発を口にするが、乗ってくるほど怒り狂ってはいなかった。


『我は魔王だ。人間を相手に無駄な知能を使う必要はないからな』

「強がりを言ってないで、さっさと決着をつけましょう」


 アクアウインドの剣先を向けるが、魔王が空から下りてくる素振りはない。


『まあ待て。我はまだ完全体ではない。どうせ貴様らも、今の我なら倒せると思って挑んできたのだろう?』

「だったらなんだって言うんだ?」


 魔王の問い掛けにカナタが答えると、魔王は両手を前に出して落ち着けとジェスチャーで表した。


『今回は退いてやろう。そして、完全体となった我が、また相手をしてやろうではないか』

「そんなことを許すと思っているのか!」

「ゴラン! 私を打ち上げて!」


 復活したばかりの魔王だからこそ倒せると判断したのだから、逃がすつもりは毛頭ない。

 リッコが叫ぶと同時に跳び上がると、彼女の足めがけてゴランがグリンヴァイドのを振り上げる。

 ゴランの膂力がリッコを空へと押し上げると、彼女の体が一気に魔王へ迫っていく。


『なんだと!?』

「はああああああああっ!!」


 ――ズバッ!


 リッコによる鋭い斬撃が、魔王を捉えた。


「……避けられた!」


 だが、アクアウインドが捉えたのは魔王の片翼だけだった。


『ぐぅぅ……だが、甘かったな。ここで我を殺せなかったこと、次こそは後悔させてやろう! ふははははっ!』


 最後に捨て台詞を残しながら、魔王は遥か彼方の空へと逃げてしまった。


「……あれ? 私、どうやって着地したらいいのよおおおおっ!」

「リッコ!」


 リッコの悲鳴を聞いたカナタは、賢者の石を薄く延ばして彼女をキャッチした。


「きゃあ! ……た、助かった~!」

「大丈夫か、リッコ?」


 ゆっくりと地上へ降ろしたあと、カナタが心配そうに声を掛けた。


「大丈夫。ありがとう、カナタ君」


 リッコから直接大丈夫だと聞けたカナタはホッと胸を撫で下ろす。


「助かったぞ。カナタ、リッコ」

「それはこっちのセリフですよ、ゴランさん」

「だけど……逃げられちゃったね」


 最後にリッコがそう呟くと、カナタたちは魔王が逃げ去った空へ視線を向ける。


「……五大魔将だけじゃなく、魔王の復活か」

「これは、ライル様へ報告する件が増えちゃったわね」


 敵が増えていく中で、こちらの戦力はまだまだ充実しているとは言い難い。

 勇者の剣もいまだ未完成だ。

 今後のことを考えると、相応の覚悟を固めなけれならないと思わざるを得ないカナタなのだった。

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