第269話:ワーグスタッド領へ

 ――アールウェイ王国は、複数ヶ所で起きたスタンピードによって多大な被害を受けることになった。

 特に南南東から王都まで迫ってきたスタンピードによって、発生したハーマイル子爵領から一直線に魔獣が領地を蹂躙している。

 王家は被害を受けた領地、領民への支援を行いながら、次のスタンピードへの備えも行わなければならない。

 本来であればワーグスタッド領に戻ってるはずだったカナタも、王都の状況を眼前にしてこの場を離れる選択をすることができなかった。


「カナタはワーグスタッド領へ戻るがよい」


 しかし、彼の思惑とは異なり陛下であるライアン・アールウェイから帰還の指示が飛び出した。


「で、ですが、陛下。王都も大変な状況ですし、俺に何か手伝えることがあれば――」

「ならばリッコの手伝いをしてくるのだ。何、王都にも優秀な鍛冶師は多くいるのだから、武具の補充に関しては問題ない」


 本音を言えばカナタには残ってほしいライアンだが、ここで武具の補充を全て彼に頼ってしまっては、他の鍛冶師たちからの反発が懸念されてしまう。

 規格外の力を持つカナタの錬金鍛冶の方が、全てにおいて他の鍛冶師よりも上をいっているが、実際に腕の良い鍛冶師が集まっているのも事実なのでライアンも決断を下したのだ。


「それに、スタンピードを五大魔将が率いていたということは、ワーグスタッド領も大変な状況だろう。リッコだけではない、ワーグスタッド騎士爵の無事も確かめておいた方が、そなたにとってもよいだろう」

「陛下……分かりました。その、ありがとうございます」

「気にするな。こちらはこちらでなんとかする。むしろ、一緒に戦ってくれたことを嬉しく思うぞ」


 柔和な笑みを浮かべながらそう口にしてくれたライアンの好意に甘え、カナタは急ぎワーグスタッド領へ戻ることを決意した。

 とはいえ、カナタだけでは乗馬も難しい。

 ライアンは護衛も兼ねた二人の国家騎士をカナタへ貸し与え、三人でワーグスタッド領へ向かうことになった。


「よろしくお願いいたします、カナタ様」

「ワーグスタッド領までの道中、必ず我々がお守りいたします」


 二人の男性騎士は黒髪の方がロック、茶髪の方がゲインという名前で、どちらもワーグスタッド領出身の国家騎士だった。


「道中、よろしくお願いいたします」


 相手は国家騎士である。

 カナタが丁寧な言葉遣いを気をつけていると、二人から必要ないと注意が入った。


「カナタ様はすでに陛下と同等の位にあるお方です」

「私たちに敬語だなどと、気遣いは無用です」

「えっ、ですが……」


 二人が真剣な面持ちでそう口にしたことで、カナタも最初こそどうしたものかと思っていたが、最終的には普段通りの話し方に戻すことにした。


「……分かった。ありがとう、二人とも」

「とんでもございません!」

「それに、聞いた話ではカナタ様はリッコ様とお付き合いをされているとか。私たちはワーグスタッド騎士爵様にもお世話になっていましたので」

「あはは……こ、こんなところにまで、話が行っていたんですね」


 リッコと付き合っていることが国家騎士たちにも伝わっているとは思わず、カナタは乾いた笑いを漏らしてしまう。

 そうこうしているうちに出発の準備が整い、カナタはロックと共に馬に跨った。


「少し飛ばしますので、お気をつけて」

「あぁ、よろしく頼む」


 こうしてカナタはワーグスタッド領へ出発したのだった。

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