第265話:賢者の石

『ちっ! 邪魔をするな、賢者の石め!』


 ラストナイトの意識がライアンだけでなく、賢者の石にも向けられる。


「よそ見をするな!」

『何を――ぐはっ!?』


 一瞬の隙を逃さず、ライアンの鋭い一撃がラストナイトに初めての傷を与えた。


『貴様、よくもやってくれたな!』

「それはこちらのセリフだ! 我の民をどれだけ殺してきただろうか! 貴様だけは、今ここで仕留めてくれよう!」

『ふざけるな! 貴様にそんなことができるわけ――』

「一人でダメなら、二人でやる、だけだ!」


 ラストナイトの意識がライアンに向けば賢者の石が、賢者の石に意識が向けばライアンが攻撃を仕掛ける。

 その繰り返しによってラストナイトは疲弊し、ダメージを蓄積させていく。


『この、邪魔をするなああああっ!』


 それだけではなく、ラストナイトの苛立ちも募ってきており、徐々にではあるが動きが単調になり、大振りも多くなってきていた。


「大地割り!」

『ぐおっ!?』


 大振りになった右の爪撃を回避し、流れるようにカウンターを見舞う。

 地面を砕くほどの威力を持ったライアンの大地割りがラストナイトの右腕を半ばから両断し、ドス黒い血がドロドロと傷口からこぼれ落ちてきた。


『こ、こいつめえっ!』

「ふんっ! 五大魔将と言っても、この程度か」

『ぐ、ぐぬぬぬぬっ!!』


 あえての挑発にラストナイトは怒りを露わにし、そして強烈な殺気がライアンへ向けられた。


『今回はただの様子見のつもりだったが、気が変わったぞ。貴様だけではない、貴様が守ろうとしているこの都市ごと滅ぼしてやろう!』


 ラストナイトの怒りはライアンだけでなく、カナタにも、そして周囲に陣取っていた魔獣たちにも伝播していく。

 怒りに晒された魔獣たちは恐慌状態に陥り、雄叫びをあげながら動き始めた。


『貴様らがいない人間など、ザコも同然! 魔獣の群れに蹂躙され、ズタボロになりながら死んでいくがいい!』

「ならば、そうなる前に貴様を倒せばいいだけの話だ!」

『そうはならん。何故なら私は――この場から去るのだからな!』


 そう告げたラストナイトの体がフワリと浮き、言葉通りにこの場から去ろうとしていた。


『くくくくっ、これで貴様らの努力も水の泡だな!』


 人の手が届かない高さまでラストナイトが浮いた。

 たとえ魔法を打ち込まれようとも、必滅を使えば消滅させられる。

 勝利を確信したせいだろうか、ラストナイトはライアンを見下ろしながら完全に油断していた。


「貴様の思い通りにいくと思うな! グラビティホール!」


 そこへライアンの魔法がラストナイト目掛けて放たれた。

 当たらない、もしくは消滅させられる。

 そう信じてやまなかったラストナイトはニヤリと笑い必滅を発動させる準備を始めた。しかし――


『ぐおっ!? ……な、なんだ、これは!!』


 魔法を目視しようと準備していたラストナイトの体が急に重くなり、浮いていた体が徐々に地面へ近づいていく。

 どれだけ浮き上がろうと試みても、その体はゆっくりと高度を下げていた。


『こ、これは、まさか――重力魔法か!!』


 ライアン自身の魔法ではなく、グラビティアーサーが持つ固有魔法。

 とはいえ、膨大な魔力を消費するため実際に使うとなれば、この場ではライアンしか使い手はいなかっただろう。

 浮いたラストナイトを地上へ下ろすだけでなく、周囲の空間の重力を重くしたことで動きをも制限されている。


「あとは任せたぞ――カナタ!」

「いけえっ! 賢者の石!」

『ぐ、ぐぬおおおおぉぉおおぉぉっ!!』


 賢者の石は回避不能の細かな刃を無数に作り出し、そのままラストナイトを切り刻もうと一直線に迫っていく。

 足に力を込めて逃げ出そうとしたラストナイトだったが、グラビティホールにより動きを制限されたせいで思うように動けない。

 回避はできないと判断したラストナイトは、両腕で顔を隠し、体を丸めて防御体勢を取った。

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