第258話:到達した牙

「……ヴォルフ様、この鐘はいったい?」

「……まさか、王都に襲撃だと?」


 問い掛けへの答えだったのかは分からないが、ヴォルフの言葉にカナタは驚愕する。


「襲撃だって? そんな、北と南でスタンピードが起きているのに?」

「し、失礼します!」


 カナタが驚愕していると、そこへ騎士が一人飛び込んできた。


「何事だ!」

「はっ! 南の方より大量の魔獣が押し寄せてきております!」

「南だって? ……まさか、ワーグスタッド領が……リッコが?」


 最悪の展開を想像してしまったカナタだが、不幸中の幸いか、彼の想像が現実になることはなかった。


「いえ! ワーグスタッド領方面からの報告ではスタンピードを抑え込んでいるとのこと! 今回の襲来はハーマイル領で発生したスタンピードだと思われます!」

「なんと! ハーマイル領から王都までは五つの領地を挟んでいるのだぞ! その全てがこの短期間で突破されたと言うのか!」

「……おそらくは、その通りかと」


 報告に来た騎士の言葉は憔悴しきっており、ヴォルフも完全に予想外の展開になっていた。

 北のスタンピードを迅速に鎮圧できれば、南のスタンピードには時間を掛けられると踏んでいたが、そうはならなかった。

 北の戦場には少数ながら精鋭を送り込んでいる。

 数では勝っているものの、複数の領地を突破してきた魔獣たちを抑え込めるかどうかはすぐに判断できない状況だった。


「すぐに打って出るぞ! 全部隊を南門へ向かわせろ!」

「はっ!」


 ヴォルフの指示のもと、騎士は部屋を飛び出していく。


「……すまない、カナタ殿。どうやら私はここを守らなければならなくなってしまった」

「いえ、王都が危険に晒されているんです、仕方ありません。それに――」


 そこまで口にしたカナタの瞳には力がみなぎっており、ヴォルフが王都に留まることに不安など一切感じられなかった。


「北の戦場はライルグッド皇太子殿下とアルフォンス様が抑え込んでくれるはずです。それに、あちらにはランブドリア領から強力な援軍も到着する予定だったはずです。なので、俺たちは王都を守り抜くことだけを考えましょう」

「……そうだな。我々は……ん? 俺たち、だと?」

「はい。俺も王都に残って、みんなと戦います!」


 今すぐにでもワーグスタッド領へ向かいたい気持ちが強いカナタだったが、王都アルゼリオスが危機に瀕している中で飛び出してしまっては、再会したリッコに愛想をつかされてしまうだろう。

 彼女がそういう性格であることも、カナタは十分に理解している。

 だからこそ、ここはアルゼリオスに残り目の前の危機を乗り越えることを優先させた。


「だが、カナタ殿は錬金鍛冶師……生産職であろう?」

「はい。でも、こいつを使って多少は戦うことができます」


 そう口にしたカナタの懐から飛び出したのは――賢者の石だった。


「うおっ!? ……こ、これはいったい?」

「賢者の石です」

「なっ!? け、賢者の石ですと!!」

「あれ? 陛下には報告されているはずですが……まあ、今はどちらでもいいです。これを使って俺は五大魔将、煉獄のディブロとの戦いを生き残れたんです」


 カナタの周りと飛び回っている賢者の石を見て困惑気味のヴォルフだったが、彼の規格外の力を目の当たりにしてきたからこそ、ヴォルフもその場で信じることができた。


「……分かりました。ですが、無茶だけはしないでください。皇太子殿下やリッコ殿が戻ってきた時、カナタ殿にもしものことがあっては、私は皆様に顔を合わせることができませんから」

「もちろんです。俺もここで死ぬつもりはありませんから」


 力強くそう答えたカナタを見て、ヴォルフは大きく頷いた。


「では、参りましょう! 敵は南からやってきます!」

「はい!」


 こうしてカナタの戦いも幕を開いた。

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