第256話:五大魔将と北の戦場

「……ダメでしたか」

『…………あら~? 気づいちゃった~?』


 炎針によって貫かれたサキュリーサの体はフェロモンをまき散らしながら消えてしまう。

 サキュリーサの声は拡散されて広域に響いており、どこに本体がいるのかすぐには分からなかった。


『今日のところは引いてあげるけど~……魔獣は突っ込んでくるわよ~。気をつけてね~』


 それだけを告げたサキュリーサの気配は徐々に消えていき、最後には完全になくなってしまった。


「……逃げた、のか?」

「どうやらそのようです」

「……すまない、アルマ。どうやら俺が足手まといになってしまったようだ」


 片手で頭を押さえながら首を振っているライルグッドを見て、アルマはすぐに否定した。


「いえ、あれは男性に強烈な魅了を与えるようです。皇太子殿下でなければむしろ、私に攻撃を仕掛けていたでしょう。同行しているのが殿下で助かりました」

「……そういうことにしておこう。こちらこそ助かった」


 少しずつ魅了による不調が回復してきたライルグッドは小さく息を吐き、すぐに顔を上げて前線へ視線を向ける。


「……まだ、戦闘音が聞こえてくるな」

「はい。急ぎましょう、皇太子殿下」

「……その呼び方、どうにかならないか?」

「……では、なんとお呼びしたら?」

「ライルでも殿下でも、どっちでもいい」

「…………では、殿下で」


 気を取り直したライルグッドたちは、アルフォンスを助けるため駆け出した。


 ◇◆◇◆


 アルフォンスはホワイトダンスの力をいかんなく発揮し、魔獣たちを氷像に変えて粉々にし続けていた。


「……魔力は間違いなく減っているが、総量が増えたようですね。カナタ様には本当に感謝しなければ」


 ボルフェリオ火山でディブロと戦った際にカナタを通してリタの魔力を注ぎ込まれたアルフォンスは、自身の魔力総量が増えていることに気がついていた。

 しかし、ディブロとの戦闘以降、全力で戦う場面に出会うことがなく、実際にどの程度増えているのかまでは把握できていなかった。


「……次にフラと戦う機会があれば、さらに力を発揮できそうですね」


 そう口にしながら、アルフォンスは完全に氷の世界と化した戦場をゆっくりと見回した。


「アル!」


 そこへ聞き慣れた声が響いてきたことで、アルフォンスは振り返りニコリと笑った。


「来られたのですね、殿下。それにアルマ様も」

「遅くなり申し訳ありませんでした」

「アルの言う通りだったよ。俺一人だったらやられるところだった」

「……女性の姿をした五大魔将ですね?」

「……その言い方だと、そっちにも五大魔将がいたようだな」


 この場に五大魔将が二匹もいたという事実を知ったライルグッドは、しばらく思案顔を浮かべる。


「……今回のスタンピードは、五大魔将がかかわっていると見ていいだろうな」

「かもしれません。ディブロを除けば残る魔将は四匹。そして、今回のスタンピードが発生した場所も四ヶ所」

「……そういえば、カナタ様とリッコ様はどちらへ? 残る二ヶ所に向かわれたのですか?」

「リッコはそうだが、カナタは王都で装備を作ってもらっている」

「そうでしたか。それにしても……」


 そこまで口にしたアルマは視線を氷の世界になった前方へ向け、ゾクリと背筋に寒気を感じた。


「……これがアルフォンス様の本気、なのですね」

「いえ、まだホワイトダンスを試しながらの戦闘でした」

「こ、これが本気じゃないのか!?」

「どうしてライル様が驚かれるのですか?」

「……これは、騎士団長も最強の騎士の座をアルに引き渡す日も近そうだな」


 呆れたように声を漏らしたライルグッドを見て、アルフォンスは首を傾げる。


「この場はしばらく大丈夫でしょうし、一度下がりましょう」

「そうですね。殿下、その方がいいかと」

「……分かった。だが、魔将が現れたらすぐに出るぞ」

「「はっ!」」


 ひとまずの戦闘が終わった北の戦場は、アルフォンスが氷の礫を撃ち出した瞬間、大量の氷像が一気に砕けたのだった。

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