第255話:魅惑のサキュリーサ

「――……何かが飛んできます、皇太子殿下」


 最初にそれに気づいたのはアルマだった。


「まさか、アルフォンス様が負けた?」

「いや、それはない」


 アルマの懸念をライルグッドが即否定する。

 直後には何かが飛んできた方向から爆発のような音が響いてきたことで、アルマもすぐに懸念を断ち切る。


「あれはアルが俺たちに任した相手、ということだろう」


 そしてライルグッドはアルフォンスの意図を完璧に読み取っており、アルマと共に武器を抜いた。


『あなたがさっきの火柱を作った人かしら~?』

「……私たちと同じ言葉を、喋った?」

『あら~? あなた、私たちのことを知らないのね~』


 サキュリーサの言葉を聞いたライルグッドは、武器を持つ手にグッと力がこもる。


「……貴様、魔族だな?」

「あらら~? あなたは私たちのことを知っているみたいね~。嬉しいわ~」


 サキュリーサは片手を頬に添えると、恍惚の表情でライルグッドを見つめる。

 不思議と目を奪われてしまいそうになる感覚を覚えながらも、ライルグッドは切っ先をサキュリーサへ向けた。


「今回のスタンピードを引き起こしたのは貴様らか、魔族!」

『だ~いせ~いか~い! あなた、いいわね~』


 今度は舌なめずりをしながらの言葉に、ライルグッドの視界がぐにゃりと歪んだ。


(……な、なんだ、これは?)


 違和感に気づいたライルグッドだが、何をどうすれば違和感を解消できるのか分からない。

 その時、彼の前にアルマが立ちふさがった。


「魅了、ですか?」

「……魅了、だと?」

『あ~ら、こっちもだ~いせ~いか~い!』

「くっ! ふざけた真似を!」


 表情を歪めるライルグッドとは異なり、アルマは凛々しい表情のまま双剣、炎海を構えた。


「どうやら男性を誘惑する能力のようですね」

『あなたも男の子だったら~、と~っても気持ちよくしてあげられたのにね~』

「皇太子殿下は一度お下がりください」

「だ、だが!」

「今この場においては、私がこいつの相手を引き受けるのが適任でしょう」

『うふふ~、嬉しいわ~。女の子の相手も、嫌いじゃないのよ~』


 そう口にしたサキュリーサが両手を広げると、その体から桃色と紫色のフェロモンが舞い踊った。


『私の名前は魅惑のサキュリーサ。五大魔将のうちの一人よ~』

「五大魔将だと!?」

「ランブドリア軍、黒バラ傭兵団団長、アルマ」

「待て、アルマ! そいつは先に話した五大魔将の――」

「参る!」


 ライルグッドは止めようとしたが、彼の言葉を遮るようにしてアルマは駆け出した。

 サキュリーサは彼女の動きを見ても恍惚の表情を崩さず、そのままフェロモンを操りアルマへ向けた。


炎轟えんごう――爆ぜろ!」


 双剣から炎が吹き上がると、剣の軌道を追って炎が揺れ動き、迫ってきたフェロモンを燃やし尽くす。

 燃えカスも残らないほどの炎を操りながら、アルマは汗一つかかずにサキュリーサへと迫っていく。


『あらあら~、せっかちなのね~』

「貴様に時間を掛ける必要はないのです!」

『せっかくだから楽しみましょうよ~』

炎弾えんだん――撃ち抜け!」


 サキュリーサの言葉に耳を貸さず、アルマは間髪入れずに攻撃を加えていく。

 火の玉を顕現させて撃ち出し、自らも飛び上がって空中にいるサキュリーサへ炎海を振り抜いた。


『ざ~んね~ん。それ――偽物なの~』


 しかし、振り抜いた炎海は空を切り、さらにサキュリーサの声がアルマの背後から聞こえてきた。


「分かっていましたよ」

『え? ――きゃあっ!』


 だが、アルマも目の前のサキュリーサが偽物だということに気づいていた。

 あえて騙された振りをしていたアルマは、サキュリーサが姿を見せたと同時に別の火魔法を展開していた。


「……貫け、炎針えんしん!」


 細く、鋭い、貫通力に特化した炎針が、サキュリーサの体を貫いた。



※※※※

 次の更新からは三日に一回となります。

 よろしくお願いいたします。

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