第250話:北の戦場

 ――ワーグスタッド領の戦場が乱戦へと移っていく中、北の戦場ではさらに激化した戦いが繰り広げられていた。


「魔導師隊、放てええええっ!」

「魔獣を一匹たりとも後ろへ抜けさせるなよ!」

「命に代えても街は守ってみせる!」


 すでに北と北北東で起きたスタンピードが一つになってしまい、大規模な魔獣の大行進が始まっていた。

 先遣隊として出発したライルグッドたちも間に合わず、彼は舌打ちをしながらもここからが本番だと言わんばかりに剣を抜き放ち号令を発した。


「北部の勇士たちが魔獣を抑え込んでくれている! 我らは魔獣を一掃し、スタンピードを終わらせるぞ!」

「「「「おぉっ!」」」」


 先遣隊の数は少ないとはいえ、精鋭を集めてきている。

 一人ひとりが一騎当千に近い実力を有している中、常にライルグッドの隣にいたアルフォンスの姿だけが見えなくなっていた。


「さて――何が起きるのか楽しみだな」


 ライルグッドがそう呟いた直後、最前線から突如として身震いするほどの冷気が流れ込んできた。

 彼の存在を知らない者からすれば魔獣の魔法攻撃かと勘違いしてしまうだろう冷気のあと、視界の先には真っ白に染まった氷の世界が作り上げられていた。


「アルフォンスのアイスワールドが、これほどの威力に昇華されていようとはな」


 魔獣の群れが一瞬にして凍りつき、後続の激突によって粉々に崩れていく。

 そして後続の魔獣たちもアイスワールドの範囲内に足を踏み入れた途端に凍りつき、砕けた魔獣と同じ末路を辿っていった。


「しばらくは休めるだろう! 前線は我々に任せて、北部軍はいったん引け!」

「で、ですが皇太子殿下! あなた様が前線に出ずとも私たちが――」

「ならん! お前たちは北部の要だ! ここで倒れてしまっては、スタンピードを退けたあとが大変になろう!」

「そ、それはそうですが……」

「何、任せておけ。俺はこれでも、あの氷を作り出した護衛騎士に鍛えらえているからな」


 そう口にしながらライルグッドは氷の世界と化した最前線に目を向けた。


「……かしこまりました、皇太子殿下」


 北部軍の将軍は申し訳なく思いながらも、ライルグッドの指示に従い体を休めるよう部下たちに命令を下した。


(これでここは問題ないだろう。あとは……アルがどれだけの数を削れるかだな)


 前線に来る魔獣のほとんどが足の速い個体であり、小型の魔獣であることが多い。

 それは言い換えると巨大で凶暴な魔獣はあとから悠々とやってくるとも言える。

 アルフォンスに与えられた命令はただ一つ――スタンピードの元凶を倒すことだ。

 一等級の武具を手に入れたアルフォンスの隣に立てると言い切ることができなかったライルグッドは、北部軍と合流して前線の維持に徹することになっている。

 しかし、彼もアルフォンス一人に全ての重責を背負わせるつもりは毛頭ない。


(援軍が到着次第、俺も駆け付ける。だから死ぬなよ、アル!)


 これが最善策だと何度も言い聞かせながらも、ライルグッドは送り出した唯一無二の友のことを思わずにはいられない。

 北の戦場において最大戦力となるだろうアルフォンスの生死が、この場の勝敗を分けることも十分に理解している。


(……今日ほど、自分が皇太子であることを煩わしいと思ったことはないな)


 本当であれば無茶を承知でアルフォンスの横に並び戦いたかった。

 しかしそれを止めたのもアルフォンスだったのだ。

 それ故にライルグッドは条件を付けた。

 アルフォンスが魔獣を減らし、なおかつ援軍が到着して初めて前線に出る、という条件だ。


(急いでくれよ。お前の到着が、アルの生死を左右するかもしれないのだからな)


 アルフォンスが認めた女性の双剣士の到着を、ライルグッドは今か今かと待ちわびるのだった。



※※※※

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▼発売日

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▼ISBN

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