第247話:漆黒のダークフェイス

「……五大魔将、だと?」

「……漆黒の、ダークフェイス?」

『ふむ、あまり私たちの存在は認知されていないようですねぇ。……非常に、不愉快ですねぇ』


 笑みを浮かべたままダークフェイスが左腕を鋭く振り抜く。

 突風が吹き荒れ、二人の体が僅かに地面を削りながら後退する。


「くっ! これが、ただの素振りだと!」

「あたいの体を押し返すのかい!」

『あなた方を殺せば、この場は瓦解すると見てよさそうですねぇ』


 ダークフェイスの言葉を受けて、スレイグが弾かれたように後方へ視線を送る。

 前線で最後まで戦っていた騎士や冒険者たちが、恐怖に顔を染めて体を震わせていた。

 戦意を保っているのはスレイグとローズだけで、すぐに防衛線が崩れてもおかしくない状況に陥っていた。


『……鎮まれ、魔獣どもよ』

『『『『――!』』』』

「……魔獣たちの動きが、止まっただと?」


 魔獣に指示を出せる人物など、二人の記憶には誰一人として存在していなかった。

 それにもかかわらずダークフェイスはそれを目の前でやってしまい、彼が今回のスタンピードを率いている存在であることを理解してしまう。

 そして、その存在が過去の経験を凌駕する相手であることにも気づかされてしまった。


『あなた方は私がお相手いたしましょう。その間、魔獣たちの動きは止めて差し上げます』

「……なんのつもりだい?」

『そんなもの、決まっているではありませんか。それは私が――楽しみたいのですよ!』


 そう言い切ったダークフェイスは直後、その姿を二つ、四つ、八つと増やしていき、気づけば一六にまで増やし笑い声をあげた。


『どれが本物の私か、あなた方に分かりますか?』

「分からなければ、全て斬ればいいだけの話だ!」

「ぶん殴ってやるさね!」

『やれるものならやってごらんなさい!』


 駆け出したスレイグとローズを見ても、一六のダークフェイスは笑みを張り付けたままだ。

 スレイグの鋭い剣閃が一つ、また一つとダークフェイスを斬り裂いていき、ローズの剛腕がうなりを上げて殴り飛ばしていく。

 ここで二人の心が折れてしまえば、後ろにいる騎士や冒険者、さらにはスライナーダの住民たちが、ワーグスタッド領の領民全体が襲われてしまう。


「うおおおおおおおおっ!」

「どっせええええええええいっ!」


 そうと分かっているからこそ、恐怖を感じながらも二人は前に出て戦うことができていた。

 思いを力に変えて剣を、拳を、体を動かしてダークフェイスへ挑んでいく。

 そして一六いたダークフェイスは、気づけば残り二つにまでその数を減らしていた。


「やるぞ、ローズ!」

「当然さね!」


 同時に飛び出した二人がそれぞれの正面に立っていたダークフェイスを斬り、殴る。

 すると不思議なことに、二つのダークフェイスの姿が両方とも搔き消えてしまったのだ。


「……これは、どういうことだ?」

「……ちっ! どうやら、遊ばれていたみたいだねぇ」

『くくくく、あーはははは! なんて面白い余興だったんでしょうか! 必死に分身へ攻撃しているのです、笑うしかありませんよねえ!』


 ダークフェイスの笑い声は、二人の足元から響いてきた。

 何がどうなっているのか理解が追いつかない中、二人の正面に生えていた大木の根元の影から、ダークフェイスが頭から徐々にその姿を露わにしていく。


『お疲れさまでしたねえ! ですがー……無駄な努力でしたー! あーはははは!』

「……ローズ。お前の命、預けてくれるか?」

「……当然さね。こいつを道連れにできるなら、安いもんさ」

『おやおや? まだ私に勝てる気でいるのですか? 残念ですが、それは無理ですよ』

「そんなもの、やってみなければ分からない――!?」


 自らを鼓舞しるため声をあげたスレイグだったが、その言葉が途中で止まってしまう。


『どうやら、気づいたみたいですねぇ?』

「……なんだい、これは? 体が、動かない?」

『あなた方の影を、縫い付けました。私の魔法を打ち破らない限り、動けませんよ? あーはははは!』


 高笑いするダークフェイスを睨みつける二人だが、必死に体を動かそうとしても爪の先すら動かすことができない。


『あー……そろそろ、殺しますかねぇ?』

「くっ!」

「万事休す、かねぇ」


 一歩ずつ近づいてくるダークフェイスを睨みつけるも、動けない体ではどうすることもできず、二人はついに死を覚悟した――その時だった。

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