第244話:リッコの役目

 ――一方でリッコは白馬を走らせ、リタと数名の魔導士を引き連れてワーグスタッド領へと急いでいた。

 道中の関所はライルグッドから渡されていた王族特権証を提示することで、列を気にすることなく、通行料の支払いもない。

 そのままワーグスタッド領へ向かうこともできたのだが、リッコは唯一の寄り道を行うために最短距離からわずかに進路を逸らしていた。


「リッコ様! どちらに向かうのですか!」

「ブレイド伯爵領よ! そこをカナタ君の代わりに収めているヴィンセント様に事情を説明するわ!」


 リッコとリタたちだけでは戦力としては少なすぎる。

 ワーグスタッド領近隣の領地にも、ライアンの名において協力要請が発せられているが、アルゼリオス騎士団がどちらに戦力を送るのかまでは情報が行き届いていない可能性が高い。

 ヴィンセントがわざわざ時間を掛けて戦力を集めるなんて愚行を冒すことはないと分かっているが、リッコとしては一秒でも早く戦力を送ってほしいと思っているので一声かけようと考えたのだ。


「カナタ・ブレイドの婚約者、リッコ・ワーグスタッドよ! 代理領主のヴィンセント・フリックス準男爵に至急お目通り願いたい!」


 アッシュベリーに到着するとすぐにヴィンセントが生活を送っている元ブレイド伯爵の館へ向かい、大声で宣言する。

 リッコの声が館の中まで聞こえたのか、門番が呼びに行くよりも早くヴィンセントが飛び出してきた。


「リッコ様!」

「ヴィンセント様、お願いがあり参上いたしました!」

「スタンピードの件ですね? ブレイド騎士団、さらに冒険者にも声を掛けており、これから出発する予定でございました!」

「え? ほ、本当ですか?」


 まさかリッコが到着するよりも早くヴィンセントが出発準備を終えているとは思わず、彼女は驚きの声が漏れてしまう。


「カナタ様の妻になるリッコ様の故郷ですから、ブレイド領の者たちが真っ先に駆け付けなければ面目が保てませんよ」

「……ありがとうございます、ヴィンセント様!」

「それに、一般的な考えでもスタンピードは初動が大事です。ワーグスタッド領に面しているスピルド男爵や、次に近いボルドン騎士爵の動きが遅いことを予想すると、我々が迅速に行動しなければ被害が拡大する恐れが高いです」


 ヴィンセントの言葉にリッコは焦りを表情に出したまま頷いた。


「その二つの領地の動きは分かっているんですか?」

「はい。正直なところ、私の予想が当たってしまっていました。王命なので逆らうつもりはないようですが、戦力の派遣には消極的なようです」

「ワーグスタッド領が陥落すれば、次に襲われるのはそっちだというのにね! 本当に嫌になるわ!」


 他領がどうなってもよく、自領に危機が迫った時のために戦力は温存しておきたい。

 それが結果として自領を滅ぼす助長になっていることに気づいていないのだ。


「スタンピードはあとになればなるほど、魔獣の群れが集まってきます。後ろの領地ほど、多くの魔獣と戦闘をしなければならなくなります」

「ワーグスタッド領を壁にしてでも戦力を送る、くらいに考えてもらわないといけないのに……!」


 怒りに拳が震えているリッコの肩に、リタが優しく手を置いた。


「きっと大丈夫です、リッコ様」

「……そうだね。ごめん、リタちゃん。冷静さを欠いていたみたい」

「我々もすぐに出発します。リッコ様たちは少しでも早くワーグスタッド領へ入ってください」

「分かりました。よろしくお願いします!」


 ヴィンセントの言葉を背に受けて、リッコは再び白馬に跨った。

 そして全力で駆け出すと、スピルド領を一気に駆け抜けてワーグスタッド領に戻ってきたのだった。

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