第206話:ボルフェリオ火山⑤
『『『『――ゲラゲラゲラゲラッ!』』』』
直後、こちらを監視していた魔獣たちが嘲笑うかのように声をあげた。
冒険者をしていても、騎士をしていても、魔獣に囲まれて放たれる嘲笑など聞いてこともない。
そこから感じ取れる恐怖心は、そんな彼らでさえも冷や汗を流してしまうものなのだから、耐性のない者にとっては計り知れないほどの精神的ダメージになってしまう。
「……はあ! はあ! はあ……かっ!?」
「お、落ち着くっす、ロタンさん!」
突如として過呼吸に陥ってしまったロタンを見てリタがすぐに声を掛ける。
「急ぎこの場を離れるぞ! ここからは魔獣との連戦だ! 気を引き締めろ!」
「はっ!」
「後ろのことは私とリタちゃんに任せて! いいわよね!」
「もちろんっす!」
「賢者の石も頼んだよ」
最後にカナタがそう呟くと、懐に忍ばせていた賢者の石が飛び出して彼の左肩の上に乗った。
そして、その形を包帯のように薄く伸ばすと、そのまま左腕に巻きついてしまった。
「うわっ! ……これ、大丈夫なのか?」
疑問に思いながら左腕を上下に動かしてみるが、特に違和感は感じられない。
「カナタ君! 早く行くわよ!」
「あっ! ごめん、わかった!」
すでに移動を始めていたリッコが声を掛けると、カナタは慌てて駆け出した。
「もう! どうしたの……って、本当にどうしたのよ、その左腕?」
「あー……これ、賢者の石」
「……はい?」
「だから、賢者の石。なんか、伸びて腕に巻きついた」
事実なのだから仕方ないのだが、カナタの簡潔過ぎる説明にリッコは頭を抱えそうになったものの、すぐに気持ちを切り替えた。
「……うん! カナタ君だから仕方ないよね!」
「どういう納得の仕方だよ!」
「け、賢者の石が腕に! はぁぁぁぁ、これを見ているだけで、恐怖は吹き飛ぶわねぇぇぇぇ」
少しだけ憤慨したカナタだったが、先ほどまで過呼吸になるほどの恐怖心を覚えていたロタンが突如としていつも通りになった姿を見ると、怒る気力が失せてしまった。
そして、彼女のことを思うと賢者の石を下げるという選択も生まれなかった。
「……今だけなら、見ていてもいいですからね」
「本当!」
「はい。その代わり、しっかりとついてきてくださいよ」
「もちろんだわ! 賢者の石を置いてどこかに行くなんてしないもの!」
「それはよかった。リッコ、頼んだぜ」
「……」
「……おい、リッコ?」
ロタンがこちらを見てくれている代わりに、リッコへ周囲の警戒をお願いしようと思ったカナタだが、何故か彼女からは返事がない。
不思議に思いもう一度声を掛けたのだが、やはり同じだった。
「なあ、どうしたんだよ、リッコ?」
「……なんでもないわよーだ!」
「……えぇ~? 絶対に何かあるだろう」
「ふんだ!」
最終的にはそっぽを向かれてしまい、そのまま最後尾までリッコは移動してしまった。
「……何なんだよ、全く」
「女心っすよ、カナタ様」
「女心?」
「そうっすよ。ほら、ロタンさんに見ていてもいいって言ったっすよね?」
「あぁ、賢者の石だけどな」
火口を下りていきながらも、ロタンはずっとカナタの左腕に巻きついた賢者の石を観察している。
そう、見つめているわけではなく、観察しているのだ。
そうだと知っているカナタだからこそ変な意味に捉えることはなかったのだが、リッコはそうではなかった。
いや、リッコも頭ではわかっているのだが、どうしても理性がそうさせてはくれなかったのだ。
「……ねえ、カナタさん」
「なんですか?」
「……これ、触ってもいいかしら?」
「「絶対にダメ!」」
「ひいいぃぃっ! か、観察するだけにしますううぅぅっ!!」
カナタと同時にリッコまでもが大急ぎで駆けつけてダメだと大声をあげた。
「……リ、リッコ?」
「さ、触るのはダメに決まっているわ! ……ダメなものはダメなの!」
「いや、さすがにそれはダメだけどさぁ」
「……もう!」
「あちゃー。こりゃダメっすねぇ」
ロタンのためにと思い賢者の石を話題に挙げていたが、前を進んでいたライルグッドから声が飛んできた。
「魔獣だ! 気を引き締めろよ!」
火口に足を踏み入れてから初めての魔獣との戦闘である。
すぐに表情を引き締め直したカナタたちだったが、次の言葉に緊張感が一気にピークへ達してしまった。
「気をつけてください! 魔獣の群れと――レッドホエールです!」
レッドホエールという言葉を聞き、緊張と共に困惑がカナタたちの表情を染めていった。
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