第201話:ランブドリア領の状況と目的

 レフィの説明によると、魔獣は突如としてランブドリア領の東の端から押し寄せてきた。

 近隣の都市から報告を受けてすぐに兵を派遣したものの、その時はまだ事態を甘く考えていた。

 現地に到着した兵士たちは被害の状況に愕然とし、そして自分たちは帰れないと悟ってしまった。

 若く才能のある兵士にレフィへの報告を頼み、その者だけが前線からラグザリアへと戻ってきたのだが、他の兵士たちが戻ってくることは終ぞなかった。


「最初に派遣された兵士たちはどこまで向かえたのだ?」

「こちらをご覧ください」


 ライルグッドの質問に対して、レフィは事前に準備していた地図を取り出してテーブルに広げた。


「こちらの都市まで向かいました。魔獣はさらに東から押し寄せてきていたそうです」

「ふむ……ん? これは、なるほどなぁ」

「……どうかされたのですか?」


 ライルグッドは地図を眺めながら思案顔を浮かべる。

 その様子にカナタたちも地図を覗き込んだのだが、ライルグッドが言わんとしていることがすぐにわかった。


「ランブドリア侯爵様。私たちがランブドリア領へ足を運んだ目的というのが、こちらにあるボルフェリオ火山なのです」


 ライルグッドに代わってアルフォンスが説明すると、レフィは驚愕したように目を見開く。


「いけません、殿下!」

「どうしたのだ? 急に声を荒げて」

「ボルフェリオ火山はまさに魔獣が押し寄せて来た場所の中心地です! 今そちらへと向かうのは自殺行為と言われてもおかしくはないのですよ!」

「……ほほう、中心地ねぇ」


 このタイミングでニヤリと笑ったライルグッドを見て、レフィは顔を青ざめていく。

 彼女は気づいてしまったのだ――ライルグッドが向かう気満々だということに。


「絶対にダメですよ、殿下!」

「だが、俺たちは向かわなければならん」

「何故ですか! あなたはライアン陛下の跡を継ぐ身ですよ! 御身を大事になさいなさい!」

「その陛下からの王命のために、ボルフェリオ火山へ向かわねばならんのだよ」

「……まさか、そんなことが?」


 レフィは勇者の剣を作るという使命をライルグッドが背負っていることを知らない。

 だからこそ彼のことを心配し、アールウェイ王国の将来のために命を大事にしてほしいと助言している。

 しかし、ここで王命だと言われてしまえば彼女の言葉など意味を成さないものになってしまう。


「……で、ですが、殿下。あなたの身に何かがあれば、アールウェイ王国はどうなるのですか?」

「安心しろ。俺の身に何かが起こるということは、あり得ないからな」

「私たちが命を賭してお守りいたします」

「アルフォンス様の実力は存じております。ですが、数の暴力は一人の豪傑をも飲み込んでしまうことがあります。今のボルフェリオ火山は、まさにその状態なのです」


 グッと歯噛みするレフィを見て、ライルグッドは柔和な笑みを浮かべた。


「アルフォンスだけではない。リッコにリタ、それにカナタだって実は強いからな。ロタンは考古学者として、今の問題の解決策を見い出してくれるかもしれん」


 ライルグッドの言葉を受けて、カナタだけは内心で弱いんだけどと思っていたが、口に出せる雰囲気ではないので言葉を飲み込んだ。


「で、ですが……」

「フェルトレントを討伐した時に、数の暴力を体験している。それに、こちらには切り札があるからな」

「切り札とは?」


 そこでライルグッドが視線を向けた先にいたのは――


「……えっ? お、俺ですか?」

「その通りだ、カナタ」


 まさかのカナタに彼は口を開けたまま固まってしまった。


「……申し訳ありませんが、彼はそれほどに強い騎士なのですか?」

「騎士ではない。だが、切り札を持っている」

「そ、それはどのようなものなのですか?」

「今は言えないが……まあ、ボルフェリオ火山から戻ってきた時には伝えてもいいかもしれないな」

「殿下!」

「落ち着け、ランブドリア侯爵。彼の切り札が、それだけ簡単に伝えられないようなものなのだよ」


 やや強い語調でライルグッドがそう口にすると、レフィはハッとした表情で口を噤んだ。

 ライルグッドもレフィが心配してくれていることを理解しているので、それ以上は何も言わなかった。


「俺たちの目的を終わらせるついでに、ランブドリア領の問題も解決できるよう動いてみよう。故に、ランブドリア侯爵はこの地を命を懸けて守り抜くのだ、いいな?」

「……かしこまりました、殿下」


 今のレフィには、そう口にすることしかできなかった。

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