第197話:フェルトレント⑦
本来であればカナタが傷を負うことはなかっただろう。それは賢者の石が彼に対する攻撃を全て受け止めることができたからだ。
しかし、それをカナタ本人が良しとはしなかった。
それでは自分を鍛えることができないと、これから先ずっとリッコたちに守られる立場に甘んじると思ってしまった。
だからカナタは自分を鍛えるために賢者の石がすぐに助けないよう、言い聞かせていたのだ。
「け、賢者の石っすか!?」
「伝説級のアイテムキタアアアアァァアアァァッ!!」
驚きの声をあげるリタとは違い、ロタンは大興奮しながら絶叫している。
もしもこの場にいたのがカナタ一人であればもう少し無理をしていたかもしれないが、今はリタとロタンが一緒にいる。
二人を危険に晒してまで自分を鍛えようとは思えなかった。
『ブジュルララッ!?』
だが、二人よりも驚いたのはフェルトレントだろう。
次の攻撃で確実に獲物を捕らえられると思っていたところに謎の鉱物が現れて、こちらの攻撃を全て防いでしまっているのだ。
驚愕と共に苛立ちが募り、そして小さな恐怖が湧き上がる。
だからといって、ここで攻撃を止めるような魔獣ではない。むしろ、諦めてしまえば先ほどの三人に殺されることはわかり切っていた。
『ブジュ……ブギュルルラアアアアァァアアァァッ!!』
故に、さらなる苛烈な攻撃がカナタへと殺到していく。
今のリタでは防ぎ切れない触手の数だったが、賢者の石は難なく全てを防ぎ切り、それどころか自らの形態を鋭利な刃物へと変形させて両断してしまう。
攻防一体の鉱物の存在にフェルトレントが抱いた恐怖は徐々に大きくなり、焦りから周りが完全に見えなくなっていた。
「――どっせええええええええぇぇいっ!!」
「リッコ!」
全速力で戻ってきていたリッコが森の中から気合いの声と共に飛び出してくると、アクアコネクトを振り抜いて束になっていた触手を一閃した。
『ブギュルルラアアアアァァアアァァッ!?』
「ごめん、カナタ君!」
「こっちは大丈夫だ! あとは任せるぞ、リッコ!」
「俺たちもいるんだがなあっ!」
「お任せください、カナタ様!」
続いて飛び出してきたライルグッドとアルフォンスが雷撃と氷撃を浴びせていき、フェルトレントは完全に怯んでしまう。
『ギギギギ……ブジュルララアアアアッ!』
直後、花びらの部分から舞い散っていた黄色い花粉が触手からも噴き出された。
魔獣を操り自らの配下としてしまう花粉だったが――それらは全く意味を成さなかった。
「残念だが、この辺りで生き残っている魔獣はすでにいないぞ」
「操れる魔獣がいない、ということですね」
「あんたは絶対に許さない! 細切れにして、ぶっ殺してやるんだから!」
『ギギ、ギギギギ……ブギュルルラアアアアァァアアァァッ!!』
恐怖に支配されたフェルトレントは触手を振り回し、無差別攻撃を開始した。
隙を見て逃げ出そうという算段だったが、それを許すリッコたちではない。
思考を持った攻撃ならいざ知らず、ただ振り回されるだけの無差別攻撃であれば回避も容易であり、触手の隙間を縫って前進していく。
「……リッコは行かないのか?」
「カナタ君たちに護衛を残さなかったのは、私たちのミスだもの」
「今なら賢者の石があるから問題ないけど?」
「それよ! ……全く、完全に存在を忘れていたわ。ってか、それなのにどうして怪我をしているのよ!」
「あー……まあ、訓練の一環で、かな?」
「もう! 怪我をする訓練なんて、カナタ君はしなくてもいいんだからね?」
今にも泣き出してしまいそうな表情でリッコがそう口にすると、カナタは申し訳なさそうにこう伝えた。
「……俺は、リッコたちの足手まといにだけはなりたくないんだ。自衛できるだけの技術を学びたいけど、みんなが研鑽した時間に比べたら、俺の努力なんて小さなものだからな。多少無理をしてでも、訓練には力を入れないといけないんだよ」
「カナタ君……」
『――ブギャララララアアアアァァアアァァッ!! ……ァァ…………ァ…………』
そこまで話をすると、フェルトレントの悲鳴が聞こえてきた。
声のした方へ視線を向けると、すでにライルグッドとアルフォンスが戻ってきており、その後方には大量の触手と共に枯れた花びらを横たえているフェルトレントの姿が転がっていた。
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