第190話:巨大なSランク魔獣

 先ほどまでの弛緩した雰囲気は一気に消失してしまう。

 何故なら、僅かに高台となっている場所から見下ろした視線の先に、巨大な魔獣を発見したからである。

 全長10メートルはあろうかという巨体が、森の木々を超えてズシンと音を響かせ、大木を薙ぎ倒しながら近づいてきている。

 その姿にカナタだけではなく、リタやロタンも恐怖に体を硬直させていた。


「あ、あれはいったいなんですか?」

「まさか、こいつがいたとはねぇ」

「予想の後者がドンピシャだったな」

「はい。Sランク魔獣――フェルトレント」


 カナタの質問にリッコ、ライルグッド、アルフォンスと順に答えていく。

 下から頭上に近いところまでが全て茶色く、パッと見では大木が動いているのではないかと見間違えてしまうほどよく似ている。

 しかし、頭頂部には禍々しい極彩色の巨大な五枚花が咲いており、フェルトレントが動くたびに花びらが揺れ、黄色い花粉のようなものが舞い散っていく。


「あの花粉のようなものは、フェルトレントが出すフェロモンです」

「フェロモン、ですか?」

「はい。あのフェロモンを使い他の魔獣を操ることが可能となります」

「今回の騒動も、こいつが原因ということだな」

「でも、どうしてフェルトレントが移動を開始したのよ? こいつにも縄張りはあったわけでしょ?」


 ライルグッドの言う通り、今回のランブドリア領で起きている騒動にはフェルトレントも絡んでいるだろう。

 しかし、フェルトレントが移動しただけで領都が危機的状況に陥るような状況にまでなるだろうか。

 さらにリッコが口にしたように、何故フェルトレントが移動を開始したのかの理由もわかっていない。

 疑問は尽きないものの、現時点でやれるべきことは一つしかなかった。


「とりあえず、俺たちはこいつを倒す。それでさっきの街も少しは楽になるだろう」

「王都から来る援軍もすぐに領都へ移動できるでしょうしね」

「では、さっさと終わらせましょうか」

「「「……さっさと?」」」


 最後のアルフォンスの発言に、体を硬直させていた三人は驚きの声を漏らす。

 それも当然だ。何せ相手はSランク魔獣であり、それをさっさと終わらせると口にしたのだから。


「いや、さすがに無理じゃないのか?」

「そ、そうっすよ! 相手はSランク魔獣で、他に魔獣を率いているっすよ!」

「……あは、あはは」


 ロタンに至ってはなんと言っていいのかわからないといった感じで乾いた笑い声を漏らしている。


「私がこの辺り一帯をアイスワールドで凍り漬けにします。そこから一気に片付けてしまいましょう」

「わかった、いつも通りだな」

「楽しそうね」

「た、楽しそうなのか、リッコ?」

「そうじゃないの? 凍り漬けの相手を倒せるだなんて、なかなか経験できないわよ?」

「いや、それはそうだろうけど……」


 これが冒険者なのだろうかとカナタは考えてしまう。

 しかし、それはリッコだけでありライルグッドとアルフォンスは違う。

 そこまで考えると、最終的には単なる戦闘狂なのだろうと思うことにした。


「だが、戦闘狂でもさすがにSランク魔獣をさっさと倒すのは――」

「「「戦闘狂?」」」

「おっと! ……あははー」


 思わず心の声が口を突いて出てしまい、カナタは苦笑いを浮かべる。

 リッコとライルグッドからはジト目を向けられたが、アルフォンスは気を取り直したのか視線をカナタからフェルトレントへ戻していた。


「リタは周囲の警戒を頼みます。カナタ様も、もしもの時には対応をお願いいたします」

「わ、わかったっす!」

「俺もやれるだけのことはやるよ」

「本当は私たちのどちらかが残るべきなのでしょうが……」


 そこまで口にしたアルフォンスがやる気満々のリッコとライルグッドを横身に見たことで、カナタたちも察した。


「アルフォンス様はライル様を守るのがお仕事ですから、仕方ないですって」

「……リッコ様は残ってくれないでしょうか?」

「無理でしょうね。リッコもやる気満々だから」

「はぁ。彼女の護衛対象はカナタ様でしょうに」


 そう口にしているものの、アルフォンスもここまでの道中である程度リッコの性格を把握している。

 無理だろうと思いながらもカナタに聞いてみたのだが、彼もまた無理だと考えていた。


「なるべく早く片付けて戻ってきます。リタ、頼みましたよ」

「は、はいっす!」


 アルフォンスは改めてリタに声を掛けると、一つ頭を下げてから前に出た。


「それではいきます! アイスワールド!」


 そして、広域殲滅魔法であるアイスワールドが発動された。

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