第176話:依頼と驚きと
「――……お、お見苦しいところをお見せして申し訳ございませんでした!」
「いいえ、ロタン様のお気持ちもわかります。本来であれば、第一王子が危険な場所にわざわざ足を運ぶなどあり得ませんからね」
正気を取り戻したロタンが何度も頭を下げる中、アルフォンスが冷静に対処している。
とはいえ、話の内容からして半分くらいはライルグッドへの不満を口にしているように聞こえているのか、張本人は少しばかりジト目をアルフォンスに向けていた。
「その依頼、謹んでお受けしたいと思います!」
「助かります。では、解読が終わりましたら城の方へ、私を訪ねてお越しください」
「ふえっ!? ……お、お城に、ですか?」
「はい。門番の方にはロタンという女性が私を訪ねてきたら通すように伝えておきますので」
「う、うぅぅ……」
カナタもそうだったが、急に登城するとなると平民であれば恐ろしいほどに緊張してしまう。
元貴族であるカナタですらそうだったのだから、生粋の平民であるロタンがどう思うのかは手に取るように分かってしまった。
「……あの、アルフォンス様? ロタンさんを召喚するよりかは、こちらから伺った方がいいんじゃないですか?」
「い、いいえ! 私から登城いたします!」
ロタンの負担を減らすためにもと提案したカナタだったが、その提案はロタン本人に断られてしまった。
「えっ? でも、いいんですか?」
「いや、その……確かに登城はとても緊張するんですが…………わ、私の家はその……と、とても、散らかっているもので……」
生粋の研究者であるロタンは、研究に目がいくと周りが全く見えなくなってしまい、多少散らかっていても全く気にならなくなってしまう。
それが何度も続いていくにつれて、目につく散らかり具合が段々と酷くなってしまい、今ではゴミ屋敷に近い状況にまで陥っていたのだ。
「……家政婦を派遣いたしましょうか?」
「い、いいえ! 結構です! その、本当に私が登城いたしますから、お気遣いなく!」
「……だが、今後も古文書の解読を依頼することになったら、何度も呼び出すことになるかもしれんぞ?」
「えぇっ!? そ、そこは別の考古学者に……いや、でも、私ももっと研究をしたい……でも、お片付けが……うぅ、ぅぅぅぅ~!」
何やら呻き声をあげ始めたロタンを見て、カナタたちは首を傾げてしまう。
家政婦を雇い、毎日のように片づけをしてもらえば散らかることもないのだから、ロタンが何を悩んでいるのか理解できていないのだ。
金銭の問題であればアルフォンスの提案を受ければ問題はなく、今の状況を見せたくないのであれば片付くまで待ってもいいとも考えている。
その考えをアルフォンスが伝えようとしたのだが、その前にロタンが意を決して口を開いた。
「……その、ゴミとかもそうなんですけど、研究資料も散らばってまして……外部の人間を入れるのは、ちょっと気が引けるんです」
「……えっと、ロタンさん? もしかして、貴重な古文書とかも放り投げているわけじゃないわよね?」
「……」
「目を逸らさない!」
「……す、すみませぇぇぇぇん!」
リッコの問い掛けに一度は目を逸らしたロタンだったが、強い言葉で問いめられるとすぐに値を上げて謝ってしまった。
「……なるほど。であれば、外部の人間を入れるわけにはいきませんね」
「貴重な古文書が盗まれたり、研究内容が持ち出されては問題だからな」
「うぅぅ、本当にすみません。なので、私が片づけをしますので、それまで待っていただけませんか?」
「……ねえ、カナタ君」
涙目になりながらロタンが訴える中、リッコがカナタに声を掛けた。
「どうした、リッコ?」
「ライル様とアル様、リタ様も忙しいだろうし連れていくのはどうかと思うから、私たちで片づけを手伝いに行かない?」
「えぇっ!? いや、それはさすがに申し訳ないです!」
「でも、古文書の解読が進まないと私たちも情報を得られないわよね?」
「なるほど、確かにそれは困るな。わかった、いいよ」
「えぇっ!? あの、私に決定権は?」
「それじゃあ、どうするの?」
カナタたちはなるべく早く情報が欲しい。
何度も登城するのも心に負担が強く、家はゴミや研究書類で散らかり過ぎているロタン。
外部から人を雇うことができないのであれば、事情を知っている者で片づけるしかない。
「……うぅぅ、わかりましたぁぁ~」
「ありがとう、ロタンさん!」
「ふむ……なら、アル。俺たちも一緒に――」
「そ、そそそそ、それだけはご勘弁をおおおおぉぉっ!!」
最後のライルグッドの提案だけは、断固として拒否をしたロタンなのだった。
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